第330話 下の世界
初戦の2回戦を圧勝した湘東学園は、3回戦も勝って準々決勝進出を決める。一方で大阪桐正と宝徳学園は2回戦でぶつかり、大阪桐正が0対1で勝利した。大阪桐正の根岸さんが、宝徳学園打線を完封した形だ。
今日はその大阪桐正の3回戦があるけど、5回を終わって6対0と大阪桐正が勝っている。先発は2番手だったし、6回からは根岸さんが投げるならもう決まりみたいなものだね。
「カノン、この新聞読んだ?」
「読んでないけど、何かあったの?」
「京神贔屓しているスポーツ新聞だからか、今回は本城先輩のことが載っているよ」
「え、うわ本当だ。本城先輩も頑張ってるね」
詩野ちゃんに渡されたスポーツ新聞には、本城先輩の活躍が書かれている。6月前に1軍へ昇格した本城さんは、昇格直後こそ打率3割をキープしていたものの、7月に入って打率が少しずつ下がっていき、7月下旬に入る頃には打率2割6分、本塁打2本、OPS0.716というファーストならちょっと物足りない成績になっていった。
だからかオールスター前にまた2軍に降格したわけだけど、2軍に下がったら今度は打ちまくり、2軍降格後だけの短い期間だけど打率は4割を超えている。だからか今日、1軍に再昇格を果たした模様。
「あとメジャーに行っていた藤山(ふじやま)さん、独立で凄い成績だね」
「そりゃ昨年終盤に脚の怪我をしたとはいえ、去年までメジャーで打率2割8分だった人が独立で無双しないわけないでしょ。うわ、打率5割超えてる」
同じスポーツ新聞の記事には昔京神で活躍した藤山さんの今、みたいな感じでメジャー後に独立リーグへ行った人の活躍も少しだけ書かれている。これは再度京神が獲得するのかな?この人、もう38歳だけど。
「……もし日本の社会人野球に、メジャーでトップクラスの選手が金属バットを持ってきたら、打率は何割ぐらいになると思う?」
「メジャーで打率4割近いトップ層なら、化け物揃いだし金属バットじゃなくても打率7割は超えそうだね。いやでも最近は社会人野球もレベル高いしなぁ。金属バットを使うなら、打率8割近いと思うよ」
「じゃあもし、今のメジャーよりもレベルが高い環境下でそこそこ打つ人間が、高校野球に来たとしたら?高校野球に適応するだけの時間があって、なおかつその人間がかなりの練習好きだとしたら?」
顔をずいっと近づけて来る詩野ちゃんは、中々に鋭いところを突いてくるというか、元々気付いている節はあった。2試合連続での4本塁打は、最早ゲームの主人公だのあらゆる記録を破壊する者だの好き勝手言われている。
「……私のこと、かな?」
「そうだよ。どうしても気になっていたんだよね。カノンの強さの理由。それで気付いたけど、カノンって1年生の時から明らかな成長をした部分ってないよね?」
「それは認める。中学生までの間に、全てを終わらせたからね。高校は身体を大きくして、その大きくなる身体に適応させるだけ。まあ、一部の特殊な投手に勝つための技能は身に着けたけど。で、何が聞きたいの?」
「……カノンって本当に野球星人?」
「大真面目な顔をして聞くことがそれぇ!?」
詩野ちゃんは、私が野球星人かを真面目に疑っていた。正真正銘ただの人間だし、両親も普通の人間だ。ただ、中身がおかしかっただけだ。
でもまあ、宇宙人と転生のどちらがあり得ないかというと転生の方があり得ないことだし、そういう意味では詩野ちゃんの言っていることは正解に限りなく近い。今のメジャーよりもレベルの高い環境下で、ひたすら代打の切り札としてバットを振り続けた。今の高校野球で無双するのは、至極当然のことだ。
私の場合、成長よりもミスを減らす方に注力することになったしね。その日の体調によって、同じスイングをしていても数ミリのズレは当然起こるし、それによって打ち損じも出る。同じ日でも、1打席目と4打席目でスイングは違って来る。
そのズレをひたすら修正し、格下の球や失投を確実にホームランにする努力を私はし続けた。結果的に、同格にまで迫られる投手相手だと追い込まれたり、たまに打てなかったりもする。
メジャーに行けば、同格の相手も増えるだろう。それでも前世の高校野球レベルだから、打率が4割を割ることは絶対にない。それに一部の投手だけが同格なら、その他大勢は格下ということになるから、やっぱり打率は5割を下回らない。
「高校を卒業したら、日本のプロじゃなくてメジャーに行くという選択肢はないの?」
「あるにはあるけど、世間的にはいきな」
「もしも球団側が約束を反故したら、海外FA取得まで待たないといけないよ」
「…………流石に、反故にはしないんじゃないかな」
「それはそうだけど、中学で3年、高校で3年。我慢という意味なら、十分にしたんじゃないの?今のカノンを見てると、そう思うよ」
話を遮ってグイっと迫る詩野ちゃんは、時々嫌な所を突いてくる。その気があれば私は、中学卒業後に海を渡っていた。それを蹴って高校へ行き、日本のプロ野球選手になってからメジャーへ行く理由なんて、1つしかない。
準々決勝に進出した8校は、再度抽選で割り振られるけど、大阪桐正は湘東学園とは反対側の山に入った。これで決勝戦に勝ち上がって来るのは、ほぼ大阪桐正で確定だね。こちらは春夏連覇。大阪桐正は2年連続の連覇がかかる決勝戦。その前に、準々決勝では咲進学園との試合に勝たないといけないし、準決勝も勝たないといけないけど。
咲進学園のエース川江さんは、春の関東大会の時とさほど変わってないけど最速は135キロに更新されており、カーブ2種のキレは増しているように見える。あれで2年生なんだから、来年はもっと強くなっているだろうね。
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