第323話 あと3つ

準々決勝の日を迎え、今日の先発は1年生の番匠さん。最速135キロの暴れ球は、コントロールが悪くても早々に打たれないし、打たれても大量失点はし辛い。コントロールを乱してストライクが入らなくなったら、素直に交代させたら良いからね。


そう思って向仲高校を相手に先発で投げさせるけど1回表、向仲高校の攻撃は先頭バッターにフォアボールを与えた後、ヒットを打たれてノーアウトランナー1塁2塁。随分と力のないストレートが真ん中に行ったと思ったら、今のストレートは128キロか。向仲高校ほどの強豪校なら、普通に打って来る球速だね。


マウンドに駆け寄る詩野ちゃんの目は、かなりのジト目。番匠さん以外の1年生なら、震えるレベルで怖がられている詩野ちゃんの視線が番匠さんに向いた後、私にも向く。


……まあ、確かに準々決勝で登板させるべきじゃないのかもしれないけど、私達の代だって3年生だった大野先輩以外、1年生の私と久美ちゃんと優紀ちゃんで回していた。番匠さんは間違いなく、そのマウンドに立つだけの実力があるよ。


ピンチになって3番を迎えるも、番匠さんの球が良い感じに荒れてくれたお蔭で空振り三振を誘えた。ど真ん中に行かなかったら、130キロ前後の球でもそう簡単には打たれない。しかし続く4番バッターにはヒットを打たれ、1点を献上してのワンナウトランナー1塁3塁。これは少し不味いかな。


元々、向中高校の評価はそんなに高くなかった。数年前から、ずっと県内上位校に入れるか否かのラインにおり、ベスト8で大健闘レベルだった。その評価は2年前のエース、最速136キロを誇った渡辺さんがいてもそれほど変わらなかった。


それが昨年の夏は北神奈川大会で決勝まで行ったんだから、今年は1年生が沢山入ったのかな。夏の県大会で、1年生がセンターを守っているのは珍しい。その1年生が、5番にいるのも嫌な感じだ。


初球を外した番匠さんは2球目を内に入れ、5番の1年生にジャストミートされる。鋭いライナーが三遊間に向かって飛んできたので、私が横っ飛びをしてグラブで弾いた。転々と転がる打球は、ショートの水江さんの方向へ。


すぐに水江さんはその弾いた打球を処理し、セカンドへ送球。そのままセカンドのひじりんが1塁へ転送し、ダブルプレーとなった。横っ飛びをしたし、ライナー性の打球だったからあまり心配してなかったけど、故意落球の判定を貰わなくて本当に良かった。


結局、1回表に失った点は1点だけ。これなら逆転は簡単だと思ったら、初回のマウンドからこれまで連投で投げている千野さんが今日も投げているけど、気迫が凄いね。


去年の開会式でちょっとだけ話したけど、あの時は可愛らしい感じしかしなかったのに、今は何か恨みを込めて投げているような気すらするよ。落差の大きいフォークボールに、緩急を付けられるカーブ。最速130キロでコントロールも良いし、強豪校のエースって感じだね。一応、ドラフトで引っかかるレベルではあるのかな。


詩野ちゃんと中学時代はバッテリーを組んでいたそうだし、何なら高校は一緒のところへ行こうと約束までしていたみたい。……正直に言って、詩野ちゃんがいなかったら今の湘東学園は無かったかもしれないから約束を破ってくれて助かったけど、向こうにとっては酷い話だと思う。


1回裏、今日の1番に据えられたひじりんはあっさりとフォークを打ってセカンドの頭を越すヒット。2番の真凡ちゃんは、ストレートを弾き返してノーアウトランナー1塁2塁。ここで今日は3番の私に打順が回るけど、当然敬遠だよね。知ってた。


ノーアウト満塁になって、4番の智賀ちゃんがタイムリーツーベースヒットを打つ。今大会、私より私の後ろの智賀ちゃんの方が打点稼いでいるんじゃないかな。そもそも私の対戦回数が少ないから、何とも言えないけど、智賀ちゃんも容赦ない。


一気に私までホームに還って、あっさりと1対3と湘東学園が勝ち越すと、5番の高谷さんのセカンドゴロの間に智賀ちゃんは3塁へ。ワンナウトランナー3塁になって、6番の光月ちゃんがセンター前へのヒットで4点目を獲得。


ここで向こうが1回目の守備のタイムを使うけど、勝負は決まったんじゃないかな。次のバッターは、向こうもあまりデータがないであろう番匠さんで、意外と番匠さんは変化球を打つのが得意だ。むしろ、速球の方が打つのは苦手というタイプ。130キロ程度なら何とかバットに当てられるけど、135キロ以上の私の速球に、1軍では唯一バットが当たらない。


逆に遅い変化球なら、持ち前の反射神経でバットを合わせてスタンドまで運んでしまう。そして千野さんのフォークは、遅くはないけど速くもない。


1年生で、速球派投手。油断はしてなかっただろうし、湘東学園が7番に据えている時点でバッティングも良いことは理解しているだろう。それでも初球、千野さんの投げるフォークに空振りする番匠さんを見て、千野さんは番匠さんがフォークを打てないと認識してしまう。


カウント1-1から3球目、1球目とほぼ同じコースから落とした千野さんのフォークを、番匠さんはスタンドまで運ぶ。1年生、夏の県大会初打席でホームランとか、凄まじいインパクトを残したね。


1対6と、5点差をリードしたことで湘東学園が一方的にペースを握った試合は、最終的に16対2で5回コールド勝ちになった。番匠さんは3回までを投げて2失点と、まずまずの結果というか、許容範囲内だね。残りの2イニングは、島谷さんが投げてきっちり6人で抑えてくれた。


これで準々決勝を突破し、準決勝では横浜高校と戦うことになる。何気に横浜高校とは夏の県大会で、3年連続の試合になるのかな。因縁深い対戦相手だけど、準決勝の先発は久美ちゃん。負ける気配は感じられないね。

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