第322話 枚数
大阪府大会の初戦、大阪桐正と銀光大阪の試合は、延長戦の末に2対3で大阪桐正が勝利した。大阪の魔境っぷりがヤバイというか、何でシード校の枠を制定しないのだろうとは思うけど、これが大阪府大会の味でもあるからそうそう止められないのかな。
一方、神奈川県大会の方は序盤こそシード校が順調に勝っていたけど、シード校同士が当たる5回戦の前、4回戦で和泉大川越が負けていた。その対戦相手校は、横須賀港高校。昨年の夏、南神奈川県大会の準決勝で当たった高校で、今大会ではシード漏れした強豪校として注目はされていた。
昨年の秋は早々に消えていたし、春もシード一歩手前のところで統光学園に負けているけど、春の県大会は統光学園相手に4対2と案外接戦だったし油断はできない。そもそも、5回戦以降は神奈川だと強豪校だらけになるから油断なんてしないけど。
ここを勝って、準々決勝では向中高校、準決勝では横浜高校、決勝で統光学園と対決という流れになるのかな。それとも下剋上というか、ジャイアントキリングが発生して別の高校が勝ち上がってくるのかな。
5回戦、各地でシード校同士の戦いが始まる中、湘東学園はシード漏れをしていた横須賀港高校と対戦する。今日の先発は、左の久美ちゃん。
4回戦では優紀ちゃんが1人で5回までを投げているし、久美ちゃんは3回戦に1度登板して、3イニングを投げただけなので体力は有り余っている。一方で横須賀港高校はシードじゃなかったため、1回戦から試合をしており、エースが全試合で投げているから今日で5度目の登板だ。
夏の県大会は徐々に試合間隔が短くなっていくのに、対戦相手はどんどん強くなっていくから投手の枚数が少ないところは甲子園までが本当に遠い。たまに化け物が1人で投げ抜いて甲子園まで連れて行くけど、そんなのは稀としか言いようがない。今日の対戦相手のエースも、1回戦の時と比べると球威が衰えているように見える。
1回表、そんな横須賀港高校のエースを滅多打ちにした打線は、初回で6点を獲得する。私を敬遠して6点も取られるなら、もう敬遠はしないだろうね。最後の記念とばかりに勝負してくれるから、今大会は初回以外敬遠が少なくて嬉しい。
「今日は最後まで投げさせる予定だし、きっちり5イニング抑えてね」
「了解です。準々決勝は番匠さんですか?」
「うん。準々決勝は番匠さんと島谷さんで乗り切れると思うよ。宮守さんもいるし、私だってそろそろ投げるから大丈夫」
久美ちゃんの登板機会は、3回戦の3イニングと5回戦の5イニング。そして準決勝では先発という予定。準決勝と決勝の先発を久美ちゃんと優紀ちゃんと決めて、そこから逆算して投げる試合とイニング数は決めた。投手の枚数が多いと、この試合間隔でも全然投手の負担にはならない。
……強豪校と普通の高校で、大きな差があるとしたらここだよね。背番号10番を背負った久美ちゃんの大きく曲がる変化球に、横須賀港高校の打線はついて行けずに三者凡退。今日の試合も、苦戦はしなさそうかな。
湘東学園対横須賀港高校の試合は4回表が終わり、17対0と湘東学園が圧倒的なリードを得ている。2回以降、試合が終わらなくなるため適度にアウトカウントを稼ぎ始めた湘東学園だが、奏音だけは構わずにホームランを打っていた。ここまでの試合で、敬遠ではない時の奏音の打撃成績は、10打数10安打、8本塁打である。
もはや本塁打を打たれなければ自慢出来るという風潮にまで至った奏音を相手に、圧倒的なリードを付けられた相手校は、敬遠をせずに勝負をする。しかしながら、その全てを悉く返り討ちにしており、奏音の打率には見慣れた1.00の表示が為される。
「すげぇ……」
毎試合、圧倒的な力を見せつけながらも、余力を持って勝っている湘東学園に番匠はベンチでぽつりと呟いた。湘東学園のベンチ内は、常に余裕を感じられた。負ければ即引退という状況である3年生達は、一切そのことを意識していないように見える。
番匠自身、中学の時は野球部全員を黙らせてエースとして投げていたが、自身の最初の大会であり、中学最後の大会で、ベンチ内では常にこの1戦が最後の試合になるかもしれないという同級生の気持ちを強く感じ取っていた。
この雰囲気が、自分達の世代でも残っているか。自分達はこの雰囲気を、創り出せるかどうか。そんなことをふと思った番匠は、頭を振り、3日後に控える準々決勝の先発のことについて考える。唯一の1年生で、登板する機会があるのか不安ではあったが、初登板が強豪校相手の先発だとは番匠自身も思っていなかったことであり、必ず抑えなくてはならないという責任感に追われる。
「あと1人、あと1人!」
「春谷先輩!抑えちゃって下さい!」
ベンチの最前線にいる西野があと1人と言うと、隣にいる島谷がそれに追従する。5回戦、ベスト16同士の戦いで、5回裏の最終回。点差は21対0と21点差であり、湘東学園の先発である春谷は、5回までをパーフェクトに抑えていた。
5回裏、横須賀港高校の攻撃は4番から始まるものの、4番5番と連続三振で抑えられ、6番には代打を送られる。思い出代打であることは明白であり、彼女はフルスイングを3回して、泣きながらベンチへ戻って行った。
湘東学園はこれで神奈川県ベスト8入りを果たし、準決勝で向中高校と戦うことになる。5回戦の試合後、奏音から「準々決勝の先発は番匠さんで行くよ」と言われ、番匠は気合いを入れ直した。
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