第321話 初戦

全日本高校選手権大会神奈川県予選開会式が終わり、1回戦の川沢高校対厚木農業高校の試合を見に行く。開会式ではもう周囲の目線が痛かったし、今年の神奈川は湘東学園で決まりという風潮があるけど、優勝候補筆頭が初戦負けとか珍しい話じゃないからなあ。


1回戦は、時間もあるし球場が近かったので全員で試合を見に行く。初戦の相手ぐらい楽勝でしょうと舐めていたら、夏が終わってたとか私は嫌だよ。



1番 西野 優紀

2番 梅村 詩野

3番 江渕 智賀

4番 木南 聖

5番 実松 奏音

6番 水江 麻樹

7番 伊藤 真凡

8番 勝本 光月

9番 高谷 俊江

10番 春谷 久美

11番 島谷 浩美

12番 宮守 瑞輝

13番 原田 文華

14番 坂上 清香

15番 牛山 惠美

16番 桧山 みさ

17番 関口 賢美

18番 熊川 茉莉

19番 中谷 雅子

20番 番匠 留佳



結局ベンチ入りを果たした面子で、1年生は番匠さんだけになった。北条さんの怪我がなかったら1軍で試合に出していきたかったけど、あの様子だと秋の県大会までは時間がかかる。……半月板損傷は選手生命を脅かす怪我だし、じっくり治療して貰おう。


「厚木農業高校は最近になって野球部が出来たようです。それまでは野球サークルとして、お遊び感覚でやっていたそうですが……」

「……フィジカルモンスターばかりじゃん。なにあのダークホース」


今日の試合、川沢高校の方は事前情報があるというか、対戦経験もあるし弱小校の中では強い方という、県予選の1回戦や2回戦なら突破できるかな?ぐらいの高校。一方の厚木農業高校は情報が全くなかったんだけど、七條さんによると今年から野球部が出来た高校らしい。それまでは、お遊びで草野球をしていた感じかな。


今年から野球部になったとは言っても、普通に3年生が多いし、全員筋肉が付いていて巨体だ。雑だけどパワフルな野球で、ほぼ全ての打球が外野フライかホームランという、凄い野球。


投手の方は、エース番号を付けた2年生が128キロを出している。これ、来年以降は弱小校じゃなくなりそうだね。学校のホームページでは普通の農業高校なんだけどメンタル面でもフィジカル面でもかなり強い選手が多い。問題はテクニックだけだ。


試合は乱打戦になり、結果は13対10とよくある県大会1回戦のスコアで厚木農業高校が勝利する。厚木農業高校は守備のミスが多かったし、うちと比べると雲泥の差だ。だけど打線のパワーだけで比較すると、私を除いたら互角ぐらいかもしれない。


……エースは変化球を投げなかったし、解析するまでもないかな。まあ私達への対策として、1つぐらい変化球を持っていて使わなかっただけかもしれないけど、うちの打線が対応出来ないわけがない。


「初戦から、楽しい試合になりそうだね。

あれ?どうしたの久美ちゃん?」

「あの……大阪桐正と銀光大阪が初戦で当たってます」

「……銀光大阪は、初戦で優勝候補と当たるのが伝統なのかな?」


神奈川だけじゃなく、他の県でも春の県大会の結果と、秋からの実績でシード校というのが決まっていく。シード校同士が1回戦から潰し合ったりすると、テレビ放送するであろう準決勝や決勝戦のレベルが低くなっちゃうしね。


本当に県で一番強い高校が甲子園に行けるよう、実績のある強豪校同士が序盤から潰し合わないよう、大阪以外はシード枠を作っていて、優勝候補が初戦から潰し合う展開にはならない。逆に言えば大阪だけは、シード枠が無いから優勝候補同士が初戦から潰し合う。だから魔境って言われているんだよね。


昨年は銀光大阪が履陰社と初戦でぶつかって、確か延長戦に突入していたかな?あの時の履陰社はU-18Wに選ばれるほど強い選手もいたのに、伏兵だった銀光大阪に3対4で敗れた。


地味に今年の大阪のトーナメント表、大阪桐正が死のブロックに入っているね。強い高校、全部大阪桐正の周りに配置しましたと言わんばかりの矢倉だ。何気に大阪桐正の今年最大のライバルとなるだろう履陰社が、大阪桐正とは反対側の山で恐らく決勝まで余裕で勝ち進みそうというのもポイント高い。


甲子園も死のブロックに入りがちな大阪桐正だけど、まさか歴代キャプテン全員くじ運が悪いとかそんなことある?というか大阪桐正と銀光大阪の試合、動画サイトで見れるから観戦しようかな。


川沢高校対厚木農業高校の試合の次の試合は、3回戦の相手になるかもしれない高校が戦うけど、ここはマネージャー組に録画を任せて大阪桐正と銀光大阪の試合を観る。大阪桐正の先発は、エース番号を付けた根岸さん。流石に昨年の夏の甲子園出場校を相手に、大阪桐正も手加減は出来ないはず。


試合はまだ始まったばかりのようで、1回表の銀光大阪の攻撃を根岸さんは0点に抑えていた。そして1回裏、銀光大阪のマウンドに1番を付けた人が登る。銀光大阪も、当然エースが登板だよね。


「……芳美(よしみ)さんね。1年生がエース番号を付けているのか」

「調べたところ、最高球速は130キロとそこらの強豪校のエースと同レベルです。それ以外の情報はありません」


しかしその銀光大阪のエースは、1年生だった。1年生が1番を背負うということは、相当なレベルの高さがないと強豪校では難しいと思うから、芳美さんは1年生でも油断して良い投手じゃないだろうね。


1回裏、大阪桐正の先頭バッターを相手に、芳美さんはストレートを投げる。その球速は128キロと、1年生であるならトップクラスのスピードだ。その上で、芳美さんのストレートは1番バッターの外角低め、ギリギリのところに放り込んでいる。


テンポよくツーストライクと追い込んだら、1球外してからフォークボールであっさりと三振。そしてこの4球、キャッチャーミットが寸分違わず動いてないから、コントロールはかなり良いね。優紀ちゃんもコントロールが良いけど、それ以上かな。


大阪桐正と銀光大阪の試合はすぐにSNS上でも話題となって「また甲子園決勝戦が大阪府大会の1回戦で行われてる」と言われるまでになった。両エースが好投し、5回まで無失点で抑えているのを見るとどちらかは初戦負けになるという事実が信じられない。


……大阪の枠は、東京のように2枠にならないかな。そのついでに、神奈川も2枠になれば良いのに。そう思っていると、6回裏に根岸さんが自身のバットでツーランホームランを打ち、2対0と大阪桐正がリードする展開になった。ここから銀光大阪がひっくり返すのは、相当厳しいだろうね。

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