第324話 あと2つ
準決勝、横浜高校との試合は先発の久美ちゃんが絶好調なのか、1回表の横浜高校の攻撃を三者連続三振に抑える。今日のドロップカーブ、いつも以上にキレが良いのか、左バッターは仰け反っているレベルだね。
「準決勝、相手は横浜高校。なんだか懐かしいね」
「あれが2年前だと考えると、随分と時が経つのは早く感じますね」
「そう?私は何だかんだ、この2年がとても長く感じたよ」
1年生の時の夏の県大会で、横浜高校に2回を投げて、4失点をした久美ちゃんは、あの頃と比べて一回りも二回りも成長している。それに比べると、黄金世代が抜けて打線があの頃ほど強く感じられない横浜高校は、弱体化していると言っても良い。
2年前、大阪桐正がいなければ甲子園優勝すら狙えたであろう横浜高校は、その後選手の集まりが悪かったのか、今年のチームはそれほど強くない。まあ来年に向けて育成しているメンバーが多かったし、例年よりかは弱いだけで、準決勝まで横綱相撲で勝ち進めるだけの力はある。
横浜高校の先発は、2年生の本田さんで春の時と変わっていない。大きな成長は感じられないけど、微妙に全球種の球速が速くなったかな?
左投げで、3球種あってストレートも速いんだから来年は厄介な障害になると思うけど、それはまた来年の話だし、来年の子達に任せる。1回裏、1番のひじりんは凡退するけど、2番の真凡ちゃんが打ってワンナウトランナー1塁。
ここで私を敬遠するかと思ったら、勝負に出てくれたのでホームランを打つ。……私の後ろの智賀ちゃんもだいぶおかしな存在になってきたというか、私が敬遠後の打率は8割越えだしホームラン率も高いから怖いのは分かるけど、それでも私と勝負するなら絶望的な結果を覚悟しないといけない。
0対2と、2点をリードしてなおも続く智賀ちゃんがヒットを打ち、光月ちゃんがツーベースヒットを打ったので湘東学園は3点目を獲得、光月ちゃんは春の県大会でも本田さんから満塁ホームランを打っているし、左に対しての苦手意識は薄れているのかな。
3点差になって2回表、4番の町原さんにヒットを打たれてノーアウトのランナーが出るも、久美ちゃんは落ち着いて後続を抑えた。ここまで6つのアウトの内、5つが三振は絶好調の証だし、点を取られる気配がないね。
今日は5回まで投げてと言ってあるし、スタミナを気にしなくても良いから出来る芸当でもあるかな。6回からは私が投げる予定だけど、10点差が付いたらコールド勝ちになる。6回表、横浜高校の攻撃までに10点はこのペースだと取れてしまいそうだね。
2回裏は、ラストバッターの久美ちゃんからの攻撃だったけど、久美ちゃん自身がヒットを打ったためにこの回も連打が続き、湘東学園は2イニング続けて3点を獲得。0対6と、大差になった。
そして3回表の本田さんの打席で代打が出され、今度は1年生のバッターが出場する。思い出代打すらなく、私がいなくなった後の世代を育てる姿は歴史ある強豪校として正しいのだと思うけど、今年の世代が流石に可哀想だね。
代打で出て来た1年生は、とても小柄で髪の毛が短い。少年と言っても差し支えがないような外見だけど、胸が大きいからそこで女性だとはわかるね。左投げの久美ちゃんに対して、初球は右打席に立つけど、そこでタイムを取って今度は左打席に立つ。
両打ちのバッターか、と思う間もなく久美ちゃんのドロップカーブにバットを合わせ、綺麗にショートを守る水江さんの頭を越す打球になる。……真凡ちゃんは木製バットにして打球を上手くコントロールしているけど、彼女はそれを金属バットでしてそうだね。
ワンナウトからランナーが出るも、1番2番を2打席連続の三振に抑えて久美ちゃんはこれで今日7つ目の三振。横浜高校を相手にこのピッチングを出来る投手が、エースじゃないことこそ湘東学園の強みだね。
3回裏は、2年生の本田さんに代わってさきほど代打で出た1年生ピッチャーがマウンドに。あの小柄で細身な身体で、速い球を投げられるのかなと思ったら最高球速が100キロだった。これは今の湘東学園だと、逆に打ちにくいかもしれない。
「三葉(みつば)さんだよね?3年生ピッチャーよりも、この1年生ピッチャーの方が抑えられるという読みかな?遅い球でも、きちんと緩急を使えば打ちにくかったりするしね」
「そうなりますね。遅い球を打つ練習、というのはあまりしていませんから。ですが、あの程度の球速であれば……」
「……光月ちゃんが、三振は珍しいな。スランプ中でも三振だけはしなかったのに」
久美ちゃんと話をしていると、遅い球でもあの程度の球速なら打てると言おうとしたっぽい久美ちゃんの口が止まる。光月ちゃんが三振したからだ。スランプで苦しんだ時期もあったけど、チーム内でもバットコントロール自体は上位に入る光月ちゃんが、ただで三振するとは思えない。続く高谷さんが三振し、詩野ちゃんもセカンドゴロに倒れる。
「……どうだったの?」
「……正しくジャイロボール。それだけ。見てみたら分かると思うよ」
詩野ちゃんが珍しく驚いているから、聞いてみたらジャイロボールとの返答が。……聞いたことはあるけど、それって理論上の存在というか、この世に存在しないものじゃないのかな。
4回からは、両投手がきっちりと抑える展開になる。4回裏、ひじりんも真凡ちゃんもゴロになったということは、浮き上がる軌道ではなさそうかな。ベンチから見てるとただの遅い球なのに、打席に立つと違って見えるのかな。
0対6のまま迎えた5回裏は、私の打席から。初球、まずはカーブが外に来たので、見逃してワンストライク。この球自体は、普通の球だね。2球目のツーシームは、軽く踏み込んでファールゾーンへ狙って打つ。打球は高く上がって、ファールボールが場外に出た。流石にこれで、決め球として投げてくれるかな。
私に対して、2球目は通用しないって思っているんだったらそれは正しいし、決め球に使いたいという向こうの心情も分かる。3球目、2球目と同じように投げられたその球は、途中から加速して垂直に落ちる。
心構えが出来ていた私は、その球にバットの下側を掠らせてファールにした。……4球目、その球を打ち直してレフト方向へのホームランにし、試合は7点差になる。
直後の6回表。私がマウンドに上がって3人で抑え切り、横浜高校との試合は0対7の6回コールド勝ちに終わった。
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