第319話 天才
春季関東大会は初戦の咲進学園に少し苦戦をした以外、大した障害もなく湘東学園が優勝をする。他の試合、全部10点差がついて決勝以外コールド勝ちだったし、優紀ちゃんと私を1度も登板させずにこの結果は順調以外の言葉が見つからない。
決勝の相手は統光学園だったわけだけど、向こうの先発は2年生の薮内さんでこちらの先発は2年生の島谷さん。どちらもエースの登板は一切なく、決勝戦は13対3で湘東学園が勝利している。まあ、打線では湘東学園が日本で今1番強い高校なんじゃないかな。
関東大会が終われば、1か月後には夏の県予選が始まる。正真正銘最後の大会で、春夏連覇がかかっている湘東学園は相当警戒されているし、分析してない強豪校はいないはず。この1か月は、各自弱点の克服をする感じになるかな。
1軍は塩野谷さんと原田さんを入れ替えた以外、特に関東大会と変化はない。番匠さんは、関東大会の2試合に出て6イニングで4失点。1年生の春の時点で135キロが出るって、私以上の球速だからヤバイのは間違いないんだけど、扱いは難しいね。……男に例えると入学早々に150キロを投げているようなものだから期待してしまうのはしょうがない。
「カノン先輩、お願いしますっ!」
「うん、当てるつもりでガンガン内に投げて良いよ」
今日も今日とて練習はするわけだけど、番匠さんをマウンドに立たせて打撃練習をする。暴れ球は、素直に凄いしブレ球を打つ練習にもなる。別に、ブレ球は番匠さんだけの特権じゃないしね。
私にとってはブレ球を打つ練習だけど、番匠さんは内角を攻める練習だ。関東大会の準決勝で、番匠さんは死球を出している。死球率は元々高かったんだけど、当たった人が蹲ってしばらく倒れていたので、それ以降内角攻めを躊躇するようになった。
……相手が死球で怪我しても動じないタイプかと思っていたけど、案外気にするようだったね。まあ、番匠さんクラスの速球は当たり所が悪かったら普通に死ぬ恐れまであるし、怪我もするだろう。でもだからと言って、内角に投げられないピッチャーは論外だ。もしも外側にしか投げない投手とか、実力が半減するようなものだよ。
だからこそ、当たるようなコースでもホームランに出来る私が打席に立つわけだけど、まあコントロールはお粗末だね。実戦ではまだマシになるけど、練習はストライクかボールかの投げ分けしかできないんじゃないかな。というかその投げ分けも8割方決まるという程度。内角攻め云々以前の問題だった。
……縫い目に引っかけないで投げるって、私でも難しかったというかストライクが入り辛いんだよね。それでよく投げていると思うし、引っかけないでこの球速は素直に凄いけど、色々と怖いなあ。
県予選の時はベンチ入りの枠が20人あるから番匠さんは入れると思うけど、甲子園になると18人に減るから番匠さんは入れ辛いかな。……バッターとしても使えるから、天才はどう扱うのが正解なのか本当に悩ましい。
うーん、と考えつつ内角に来た暴れ球をネット最上段まで飛ばす。……パワーのある人が金属バットを使って打てば、本人の球の速さも相まってホームランにはなりやすいのかな。
番匠さんが投げ終わった後は、優紀ちゃんが投げる。本人は関東大会で投げられなくてご不満なようだったけど、夏の県大会と甲子園では頼りにしてるよ。
「サークルチェンジを投げたいから、連投するけど良い?」
「良いよー。……え、待って。何球種目?」
カットボールを完全に会得した優紀ちゃんは、次はサークルチェンジの取得を目論んでいるようで、連投してくるけど普通のチェンジアップと大差はない。……いやでもなんか違う感じはするかも。個人差はあるだろうけど、サークルチェンジは普通のチェンジアップと比較するとシュート回転がかかりやすく利き手側に変化しながら沈む感じ。
これで優紀ちゃんの球種は、ツーシーム、カットボール、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップ、サークルチェンジ、シュート、シンカー、ナックルの10球種?ぶっちゃけ、優紀ちゃんの変化球はかなりチートの部類だと思うの。何でこんなに多くの変化球を、全く同じ振り方で投げられるんだろう。
バッターとして、鬱陶しいタイプの投手であることは間違いない。最高球速は125キロと速くはないものの、別にとても遅いってわけじゃないし、これだけ緩急を付けられるなら125キロのストレートだって武器になる。
カットボール、シュート、スライダーと左右に揺さぶられるだけで、私の打球だってネット最上段に当たらず、ネット中段までしか伸びなくなった。……このリードをされるだけで、並みのバッターは凡退するだろうね。
何処かの球団が1位指名で狙っているようだし、私が事前面接をして指名させる球団を絞った分、優紀ちゃんに行く球団も多そうかな。いやでも根岸さんや真弘ちゃん、友理さんと高卒投手は昨年に続き豊作気味だし、複数から1位指名を貰うのは難しいかな。
ラスト、ナックルを2球続けて投げて来たけど、両方ともネットまで飛ばすので精一杯だ。芳田さんほどの変化量ではないにしろ、ナックルだけでも戦えそうな投手になったね。久美ちゃんも成長しているけど、やっぱり1番を任せられるのは優紀ちゃんだと思う。
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