第318話 戦力

3回裏のマウンドに登る番匠さんに、この回までだよと声をかける。何だかんだ言って、球数は嵩んでいるしこの分だと4回には球が浮き始めると思う。サイン通りの四球と、サイン通りじゃない四球のせいでスタミナが5回まで持たない。球が浮き始めて打たれてから代えるのでは、交代タイミングとしては遅い。


まあでも強豪校相手に3イニング投げ切るのは結構疲れるし、1年生でよく投げたと思う。3回裏、番匠さんはこの試合初めての三者凡退で切り抜け、3イニングを3失点という成績。


4回からは島谷さんが投げる予定だけど、川江さんと島谷さんの投手としてのタイプが似ているからそれが若干の不安要素かな。まあでも4回表に番匠さんがヒットを打つと、塩野谷さんのバントの後に水江さんがタイムリーヒットを打って1点を追加。4回裏の時点で、6対3と3点差になった。


「塩野谷に、引き続きキャッチャーをやらせても良かったのに」

「塩野谷さんは、関東大会が終わったら原田さんと入れ替えるよ。まだまだ、足りていないところもあると自覚出来ただろうしね」


バッテリーを丸ごと交代して、詩野ちゃんも4回裏から試合に出場。塩野谷さんとは違って、詩野ちゃんがキャッチャーにいると安心感が違う。島谷さんが4回から投げるし、久美ちゃんが6回から投げる以上、これ以上の失点は早々無いと思うけど、まだ3点差だし詩野ちゃんに代えて良かったんじゃないかな。


番匠さんから代わって投げる島谷さんは、今日の最高球速が129キロと番匠さんと比べて5キロ以上の差がある。しかしながら、番匠さんより速く見えるね。私が疲れ果てた時に投げていた遅いけど回転数は多いストレートを、低めに次々と決めていく。


島谷さんは、怪我のせいで冬に投げ込むことが出来なかった。でもそのおかげで、新しいスタイルでの投球術を試すことができ、それが上手く嵌った形だ。そしてそもそも、130キロでも球速としては速い方だ。男に例えると145キロを出している感覚かな。


普通のストレートに比べると明らかに落ちないし、復活して以降、相手の見逃し三振率が増えた。インローを突く島谷さんのストレートに、川江さんも手が出せずに三振。これ以上、相手の得点はないかな。


打撃戦となった序盤と打って変わって、中盤はお互いに点が取れなくなった。相手は番匠さんから島谷さんに継投されたから打てなくなったんだろうけど、こちらは中盤以降の川江さんを打ち崩せていない。何であの人、回を重ねるごとに球威が上がっているんだろ。何かコントロールも良くなっているような気がするし、川江さんはたぶん200球とか余裕で投げられるタイプだね。


3巡目に入って、普段の湘東学園の打線なら滅多打ちにするはずなのに凡退が増える。真凡ちゃんとか、久しぶりにバットを折られたよ。その後の私にまたホームランを打たれたけど、それでもなお130キロを超える球で後続を抑える姿は人を惹きつけるね。


7対3になって、6回裏からは私じゃなくて久美ちゃんが登板。左の島谷さんから、左の久美ちゃんという贅沢な左腕リレー。今年の1年生に左投げのピッチャーはいないから、左腕天国も今年までだけどね。来年は島谷さんと及川さんがいるけど、再来年はどうなるかな。


久美ちゃんの今日の調子はそこそこ良さそうで、ドロップカーブが右バッターの外ギリギリに決まっていく。あれ、手を出し辛いし打ちにくいから私でも厄介なんだよね。外のボール球だと思って見逃したら、外角低めに決まっていた球とか当てに行き辛いにも程がある。


他にもスクリューとかフォークとか、変化量の大きい変化球を複数持っているし、打たれることも少なくなった。久美ちゃんは6回と7回を、パーフェクトで抑える。試合は7対3のままで湘東学園の勝利だったけど、咲進学園の川江さんは夏には注意しないといけないピッチャーになっているかな。甲子園で、当たることになるかもね。


「来年の選抜、出られなかったら川江さんのせいだろうね」

「今年の秋季関東大会までに、川江さんがさらに成長していたら十分にあり得る話ではありますね。

ところでカノンさんは、番匠さんを夏の甲子園で使うつもりですか?」

「使うかもしれない、ってとこ。何で?」

「いえ、もう既に十分な投手力はあるので、夏の甲子園まで番匠さんは野手で専念させませんか?最悪、外野の守備さえまともにこなせるならずっと試合に出せますよ?」


試合終了後、バスの隣に座った久美ちゃんに話しかけると番匠さんを野手で使わないかという提案があった。今日の試合も、番匠さんは川江さんからヒットを打っているし、パワーのあるバッターではある。野手としても、あの強肩は魅力的だし、外野の守備を最低限こなせるなら……。


いや、でも高谷さんか光月ちゃんを追い出してまで使うかな?真凡ちゃんを外すのは論外だし、難しい。それならまだ投手として、緊急登板に対応できるようにする方が良いと思う。あれ?なんか久美ちゃんがおかしい?


「……何でそんな提案したの?」

「ただの嫉妬ですよ。最近ずっと、番匠さんのことを考えてません?」

「まあ、期待の1年生なんだしその将来を考えるのは当然だよ。ねえ待って顔を近づけないで」


ぐいっと来る久美ちゃんは、中々に迫力がある。美人さんの、瞳孔をくわっと開いた眼は怖いね。しかも久美ちゃんが座席を乗り出した瞬間、通路を挟んで反対側にいるひじりんがじっとこっちを見始める。確かに最近は番匠さんのことで頭はいっぱいだったけど、そっち方面の意味じゃないしそのことをこの2人は分かっているはずなのに、この危機感は何なんだろう。

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