第315話 最速
試合は3対2のまま、5回表までテンポよく進み、この回の先頭バッターにヒットを打たれたところで優紀ちゃんは交代。宮守さんがマウンドに上がり、容赦のない縦スライダーで二者連続三振に抑える。
宮守さんは登板回数が少ないからまだあまり警戒されてないだろうけど、1イニングを抑えるだけなら島谷さんより能力は上かもしれない。ストレートと落ちる球だけで、きっちりと抑えられる投手はそんなに多くないし、コントロールも良くなったから低めのストライクゾーンからストンと落とせる。
ツーアウトからライト方向へ打球を打たれたけど、ひじりんが処理してスリーアウト。一方、5回裏の湘東学園の攻撃は真凡ちゃんから。柏原さんの高速シュートを、詰まらせてヒットを打つ。上手いこと、サードの頭を超えさせたね。木製バットであれを出来る高校生は、私を除けばたぶんひじりんぐらいじゃないかな。
ノーアウトのランナーが出て、私は3打席目の敬遠。この接戦で、試合に勝ちたいなら私と勝負は出来ないよね。ノーアウトランナー1塁2塁となって、智賀ちゃんの打席。ここでピッチャーが、左の石川さんに代わる。右バッターの智賀ちゃんを相手に、わざわざ左投げの石川さんを投げさせる理由なんて、1つしかない。
一昨年の夏の、リベンジだろうね。智賀ちゃんは、今マウンドに立っている石川さんのお姉さんから決勝打になるタイムリーツーベースヒットを打っている。その雪辱を晴らしてから、夏に挑みたいのかな。
あの頃と比べると、智賀ちゃんは変化球もきちんと打てるようになったし、U-18W杯日本代表に選ばれるほどのスラッガーになった。特に前の私が敬遠された後の集中力は、目を見張るものがある。
初球、石川さんはスクリューを内に放る。姉よりも大きく変化するそのスクリューを、智賀ちゃんは捉えきれなかった。
ファースト方向へのボテボテのゴロは、勢いが死んでいたために進塁打となる。ワンナウトランナー2塁3塁で、復調し始めた光月ちゃんが打席に立った。しかし光月ちゃんも左打ちのバッターで、左投げを得意とはしていない。そもそも左打ちのバッターで左投げの投手が大得意です、みたいなバッターは相当希少だと思う。
光月ちゃんの構えは、準決勝の時と同じく中学生の頃のフォームと、糸留さんから教えてもらったフォームの中間。一番完成とは程遠いフォームと言っても過言ではないフォームで、打席に向かうようになったということは光月ちゃんの中でも答えが出たみたい。
カウント1-1から3球目。外へ逃げるスライダーを綺麗に流し打ちした光月ちゃんの打球は、レフトへ。3塁ランナーの真凡ちゃんは余裕でホームに還り、2塁ランナーである私も滑り込んでセーフになった。これで、5対2。再びリードは3点差になった。
「……随分と不満そうね」
「まあ打たせてもらえてないからね。でも私が敬遠されても、ちゃんと点を取ってくれる打線には感謝だよ」
「次の回から投げるでしょ?キャッチボール、付き合うわよ」
ホームで待っていた真凡ちゃんとハイタッチした後は、次の回から登板をする準備を始める。前の回からキャッチボールはしていたけど、私は肩があったまるまで早いし、投球練習後に投球練習をしても早々打たれないからね。マウンドに登るまでは、軽いキャッチボールだけでも良い。
ワンナウトランナー1塁になって7番の水江さんはヒットを打つも、詩野ちゃんがサードゴロでランナー入れ替わってツーアウトランナー1塁2塁。ここで宮守さんの代打で出た牛山さんのバットから快音が響いたけど、残念ながら特大のライトフライに終わった。シュートを狙っていたんだと思うけど、狙いすぎていたのかストレートを打たされたみたい。
さて、6回表からアウト6つ取るのが私の役目だ。準決勝では横浜高校打線に1点を取られたし、東洋大相模もまだ諦めてはいない。でも、今日は準決勝とは違って肩が軽いね。
「……随分と、調子が良さそうだね。これならどこに投げても打たれないとは思うけど、球種のサインだけは守って」
「うい」
この回の先頭バッターである中北さんに初球、ストレートを真ん中高めに入れる。詩野ちゃんのミットから凄く高い音が鳴るけど、今日は球の回転数も多そうかな。球場が騒めいたので、球速表示を見ると142キロだ。私が持つ日本人高校生の最速記録であり、この更新はわりと心待ちにされている。
……コントロールを気にしなかったら、たぶん144キロは出ると思うんだよね。逆球とかになったら詩野ちゃんが怒るだろうからしないけど。そもそも、140キロオーバーの速球で暴投して打者に向かったら大惨事だし、詩野ちゃんが捕れなくて怪我したら困る。詩野ちゃんなら暴投も対応できるだろうけど。
2球目、縦のスライダーを投げて空振りを誘い、ツーストライク。ツーシームを外へ投げ、カウント1-2になって4球目。
……詩野ちゃんは、コースのサインを出さなかった。ただ2回続けてストレートのサインを出したということは、全力で投げてみろということかな。よく考えれば最初の打ち合わせで、球種だけは守ってとか言う詩野ちゃんは久しぶりだ。要するにこの中北さんの打席で、全力のストレートを投げさせてみたかったのだと思う。
思いっきり踏み込んで、ど真ん中を狙いストレートを放る。今まで投げた中でも一番速かったと実感したその球に、中北さんのバットは空を切り、三振となった。球速表示には、144キロが表示される。プロも含めて、日本人最速まで、あと3キロの記録だ。
球場内は騒然とし、一部では大きな盛り上がりを見せている。逆にチーム内で最強のバッターである中北さんが空振り三振をしたことで、東洋大相模の士気は目に見えて落ちた。
144キロの速球を意識し過ぎたのか、その後の東洋大相模打線は私がツーシームと縦スライダーを交互に投げるだけで全員が引っかけ、残り5つのアウトの内、4つをゴロで抑え切った。
春の神奈川県大会の決勝は、6対2で湘東学園の勝利となる。関東大会では、番匠さんにも投げて貰おうかな。あの不良は、注目されたいタイプの人間だろうし、試合に出すのは早い方が良いと思う。
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