第300.5話 投手交代

新入生達と2軍の試合は、1回表が終わって新入生達の攻撃を迎えようとしていた。2軍の先発投手は、左の速球派である及川だ。右の本格派である浜川は既に午前中の練習試合で投げており、ベンチで休んでいる。


「あれ、2軍では2番手の投手だからね。4番の番匠さんまでは回るだろうから、打ってね」

「はあ!?あれで2番手なのかよ!?」

「2軍の1番手は、浜川先輩のはず。まあ私も最新の情報は持ってないんだけど」

「ネクスト!早く!」

「あ、ごめん。じゃあ行って来るよ」


4番なのに、既にベンチの前で素振りしている番匠に向かって、2番バッターの塩野谷が話しかける。内容は先発している及川が2軍の2番手であるということで、実際に最速128キロの左腕投手である及川は、2軍で一番良い投手ではない。


ストレートの最高最速は、1年生の園城寺と2キロしか違わない。しかし平均球速は及川と園城寺で大きく違い、その差は5キロ近い。そして球の質に影響する回転数や回転軸に至っては、雲泥の差だった。コントロールが悪いながらも纏まった投球が出来る及川は、あっさりと新入生達の1番2番を連続三振で打ち取る。


「……おい、あっさり三振してんじゃねーよ」

「あはは、私のバッティング能力には期待しないで欲しいなあ。それより、打席に立つ準備はしておいた方が良いよ」


何で塩野谷は園城寺と仲が良い癖に自身にここまで話しかけて来るんだろうと番匠は思いながらも、ネクストバッターズサークルに入る。番匠の一つ前、3番バッターは北条だった。


カウント1-1から3球目、北条は及川のスライダーを捉えてセンター前へ運ぶ。1打席目で及川の球をクリーンヒットされるとは思ってなかった2軍の面々は、下の世代のスターに警戒を強めた。


ツーアウトランナー1塁という状況で、番匠が打席に入る。


打席に立った番匠が、及川の球を見て最初に思ったことは「はええ」だった。番匠自身は130キロの球を投げられるが、残念ながら自分で投げた球を打席で見ることは出来ない。よって番匠にとって、この120キロ台後半の球速の球は初体験だった。


あっさりとツーストライクと追い込まれてから3球目。番匠は当てに行くスイングをするが、残念ながらストレートは番匠の予想より上の軌道を辿り、番匠は打ち上げてしまった。


ベンチに戻っていた塩野谷は、その打ち上げた球を見て心の中で数を数える。


(1、2、3……6秒。キャッチャーフライで、普通あそこまで上がる?)

「……今の、何秒上がっていましたの?」

「6.3秒かな。バットを当てる角度さえ間違ってなければ、簡単にホームランに出来るパワーだね」


結局1回裏の新入生達の攻撃は0点で終わり、2軍の攻撃が始まる。投手の交代はされず、萩原監督から「目安は3イニング」と言われた園城寺は、必死に四隅を狙って投げ分けるが、2回以降も失点を重ね、3回表終了時点で35対0という数字になった。


「姉貴が登板する前に試合が終わったっすね」

「試合の勝ち負けは関係ねえよ。ただ園城寺は通用しなかった、それだけだろ」

「どうせあんたが投げても変わらないでしょうが!私、これでも県大会優勝チームのエースなのだから!」


投手交代の指示が出たのは、4回表。さらに5点を取られてノーアウト満塁という状況だった。ようやく出番が回って来たと思った番匠は、スコアボードを見る。40点で交代したということは、自身からも40点は取るつもりなのだろうと直感が囁く。


満塁の状況、番匠はワインドアップで投げる。その初球の球速は、130キロを超えていた。そして番匠が投げた球は、4番の桧山の太ももに当たる。


満塁押し出しデッドボール。番匠が湘東学園に来て、初めて投げた投球の結果である。


死球を与えた後も番匠はコントロールが定まらず、続くバッターを押し出し四球にした後は、ど真ん中に緩い球を打たれて走者一掃のタイムリーツーベースヒットになる。番匠が登板してから、既に5点を取った2軍は、スコアを55対0とした。


ここで塩野谷が、番匠に話しかける。


「もしかして、サインを貰ったこともない?」

「あ?何でそんなことまで分かるんだ?」

「そりゃ分かるよ。喧嘩無敗、中学2年の時には高校生の不良集団やヤクザの組すらぶっ潰した喧嘩番長でしょ。同じ中学校のキャッチャーの子が、県大会でサインを出せたとは思えないもん」

「……何で、そんなことまで知ってんだ。地方出身のはずだろ?」

「ああ、勘違いしないでね。別に私、番匠さんのことだけを調べたわけじゃないから。

新入生44人、全員の名前と出身校と野球の経歴を調べただけだよ」


塩野谷は、新入生全員のデータが頭に入っていた。もちろん、新入生達に加えて先輩達のデータも一人残らず網羅しているため、先ほどまでの園城寺が登板していた時にはそのデータを活かして必死に打ち取っていた。


「でもまあ、そのコントロールならサインは出すだけ無駄だね。

でも1個だけ、急ごしらえでも投げられる球があるから教えてあげるよ。それで2球種になるから、球種のサインは出せる」

「……何だよ、その投げられる球って」

「スローボールだよ。キャッチボールの時のように、力を抜いて投げると良いよ」


そして塩野谷は、番匠にスローボールを投げるように言う。またサインもその場で決め、指が1本の時はストレート、2本の時はスローボールと決めた。


サインが決まり、サインを見るという動作が必要になった番匠は若干、ピッチャーらしい動作をするようになった。番匠はサインに頷き、スローボールを投げ、あっさりと打たれるが……。


ボテボテのゴロになったのを、番匠が捕球し塩野谷へ送球する。ホームはアウトとなり、塩野谷はセカンドへと送球する。そのボールを受け取った北条は、セカンドベースを踏むと同時にファーストへ送球し、ファーストもアウトとなった。


満塁での奇跡的なトリプルプレーにより、2軍の攻撃は今までよりも随分と短く終わる。4回裏の新入生達の攻撃は、2番の塩野谷からの攻撃だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る