第300話 責務
選抜甲子園は湘東学園の優勝という結果で終わり、甲子園から出ていく湘東学園の面子は誰しもが上機嫌だった。中々にカッコいい金メダルや、賞状。優勝旗や表彰盾などを携え、一旦ホテルにまで戻る。優勝旗には今までに優勝してきた高校の名前が書かれているペナントリボンが付いているけど、その一番上に湘東学園の名前がある。
そのリボンを触っていると、私達が優勝したんだという実感が湧いてくる。中学3年、ガールズで3連覇を達成した時以来かな。こういう気分になるの。
「帰る前にカノンさんは優勝旗を抱えた写真を撮影するので、ホテルのロビーで待っていて下さい。あと今日の試合に出た出てない関わらず、全員にインタビューがありますので帰るのは明日の朝ですね」
矢城コーチの携帯には、ひっきりなしに電話がかかってきている。たぶん新聞社や野球雑誌の関係者が、全員連絡を取ろうとしているんじゃないかな。私の写真撮影が決まったけど、優勝旗を掲げる写真とか普通は母校に帰ってからじゃない?
たぶん高校が関東だから、関西圏の記者達の撮影を楽にしたかったんだと思うけど……。ホテルに戻った後、指定の場所で優勝旗を掲げるけど、記者が多すぎて眩しい。
「ほら、優紀ちゃんも持って」
「ええ……ちょ、おもっ!?」
選抜でのベストナインに選ばれた湘東学園の面子はサードの私と、投手の優紀ちゃん、捕手の詩野ちゃん、セカンドのひじりん、ファーストの智賀ちゃん、レフトの真凡ちゃんだね。ベストナインの面子とは一緒に写真撮影することになったので、完全試合リレーを達成した優紀ちゃんと一緒に優勝旗を持つ。優勝旗は手に持つと大きく感じるし、地味に重い。まあ毎年重くなっていくやつだから、仕方ないけど。
他校でベストナインに選ばれたのは、ショートの裕香ちゃんとセンターの中口さん、ライトでの根岸さんだね。優勝チームから選ばれることが多いとはいえ、湘東学園が9人中6人を占めるのは多い方だと思う。投手は優紀ちゃんが、野手は智賀ちゃんが大きく評価を上げる大会になったし、2人はそのうちドラ1候補に名前を連ねるんじゃないかな。
「……何で私がベストナインに入っているんだろ」
「ナックルでも剛速球でも、一球たりとも零していなかったからじゃない?ミスもなかったし」
詩野ちゃんに関しては、打撃成績だと宝徳学園の綾ちゃんとか他校にも成績が良い子が多いけど、守備面を評価されての選出だと思う。優紀ちゃんや私のキャッチャーを務めて、1球も逸らすどころか零さなかったのは純粋に凄い。坂上さんとか、僅かな出場機会で返球ミスしてるしね。あの時はランナーがいなくて助かったよ。
記者達に延々と写真を撮られた後はホテルで豪華な食事が出て来るけど、ここで各球団のスカウトとかも接触してくる。
一昔前、プロのスカウトとアマの高校生が接触するのは金銭のやり取りや密約が起こると禁止されていた。しかし少し前に、メジャーのスカウトは幾ら接触してもOKなのに、日本の球団のスカウトが一切接触出来ないのは問題じゃないかと騒ぎになった結果、会食など複数の人間の目がある中でスカウトが話しかけることはOKとなった。というかもう禁止が形骸化していてどこでもOKになりつつある。
まあ。大衆の目に晒されても問題のない会話をしろということだね。にしても、甲子園優勝校ってこんなにスカウトが来るものなのか。私の場合は既に面談をしちゃっているから話しかけて来る人もまばらだけど、優紀ちゃんとか詩野ちゃんとか真凡ちゃんとかは人気ある。
「ひじりんは、接触があるとしても来年だね」
「そーですね。あれ?江渕先輩に話しかけてるの、ブルーソックスの帽子……」
「ああ、さっき私のとこに来たよ。本物のスカウトだったし、名刺も貰った」
そして智賀ちゃんは、メジャーのスカウトさんに話しかけられていた。あのスカウトの人、普通に日本語を喋れるから驚いたよ。バッファロー・ブルーソックスのスカウトさんで、日本の甲子園を見るのが好きらしい。普段は日本の球団の選手をチェックしたり、メジャー希望の選手と接触をしたりしているのだとか。
周囲にいる記者達は、誰が誰と接触したのかを追っているから、明日には各地の新聞で好き勝手書かれてそう。メジャーの球団のスカウトもいるのは予想外だったけど、メジャー挑戦をするプロ野球選手はここ数年増えてきているし、過去には高卒後すぐに挑戦した人もいるからね。
美味しい料理でお腹を満たし、ふとスマホを見ると新入生達と2軍の試合が終わったという報告が入っていた。たぶん、選抜甲子園の試合が終わった15時頃から、今の夕食の時間帯までずっと試合をしていたんだろうね。
スコアボードの最終的な数字は、68対1という新入生側にとってとても残酷な結果になっていた。まあ、2軍とはいえそのまま甲子園に出してもそこそこ勝ち上がりそうなチームだし、現に甲子園に紙一重で出られなかった強豪校を梯子して、何連勝もしている。中学を卒業したばかりの子達の寄せ集めチームと、総合力の差は歴然としているね。
でも1イニングだけは新入生チームが0に抑えたし、1点を取っている。新入生の中にも、すぐに使えそうな人がいるってことだ。
「新入生達と2軍の試合?」
「お?詩野ちゃんも気になる?
試合結果、ラインの方に貼っておいたよ」
「……ん、ありがと。
へえ、1点取れたんだ」
「1点取れたのも意外だったけど、1番意外だったのは2軍の攻撃で0点に終わった回があったことだよ。あの2軍打線、そこらの強豪校にも負けないのに、キッチリ0点に抑えられてる」
最高学年になって、2つ下の後輩も出来た。私の湘東学園での高校野球生活は、長くてあと4ヶ月。選抜甲子園での優勝は、貴重な得難い経験にもなったし、春夏連覇を目指して残りの短い期間も頑張ろうかな。
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