第299.5話 歓迎試合

「すげえ……」


選抜甲子園の決勝戦、大阪桐正と湘東学園の試合を観戦していた番匠は、ゲームセットと同時に呟いていた。


最終的なスコアは、6対0。大阪桐正に1人のランナーも許さず、湘東学園は大阪桐正に完勝した。入寮したその日に、新入生達は湘東学園が今日本で一番強いチームだということを認識する。そしてここで1軍になれば、高い確率で甲子園への道は開かれるであろうことにも思い至る。


昼食後、試合の観戦が終わった新入生達はグラウンドに集まり、午前中のランニングで成績上位だった20人が発表される。そのまま、試合にスタメンで出場する選手も決められた。



湘東学園 新入生チーム スターティングメンバー


1番 右翼手 葉山(はやま)眞澄(ますみ)

2番 捕手  塩野谷夢未

3番 遊撃手 北条文乃

4番 左翼手 番匠留佳

5番 一塁手 永原(ながはら)民子(たみこ)

6番 中堅手 小橋(こばし)愛(ちか)

7番 三塁手 海野(うんの)珠季(たまき)

8番 二塁手 木場咲音

9番 投手  園城寺美姫



そのスタメンが発表された後、番匠は抗議の声を出した。


「はあ!?何で俺が先発じゃないんだよ!上位は希望が通るはずだろ?」

「あなたの希望は通しましたよ?4番が良いんですよね?

打順に関しては希望を通しましたが、ポジションに関しては中学時代の実績を考慮しました。

ですが安心してください。投手の方には全員に投げてもらいますし、野手の方も全員出場はしますよ」


その抗議の声を聞き流した萩原監督は、試合の準備を始める。先発じゃないことに憤りを感じた番匠は、園城寺の方に向かって叫んだ。


「園城寺!打たれたらすぐに交代だからな」

「打たれないわよ。だからあなたの出る幕は無いわ」

「勝手に決めないで下さい。少なくとも園城寺さんには、1回は投げ抜いて貰いますから。泣いても笑っても、1イニングは抑えて下さい。それと、選手交代のタイミングは私が決めます。あまり無駄口を叩いていると、せっかくテストで上位だったのに出場時間が短くなりますよ」


4番でレフトとして出場することになった番匠は、声に怒気を込めながらも準備運動を開始する。他の試合に出る新入生達も準備運動を開始すると、グラウンドに2軍の面子が集ってきた。


「おー、新入生だ」

「3試合目は新入生達とだね」

「あの子が園城寺?滅多打ちにされても大丈夫なのかな」


午前中に2校と練習試合をこなしてきた2軍面子は、新入生達を見据える。先発を務める園城寺の球を見て、2軍面子が思ったことは「この前まで中学生だったにしては良い球を投げる」「点差が付いても絶対に手を抜くなって、100点差付くよ」だった。



湘東学園2軍 スターティングメンバー


1番 左翼手 上田香衣

2番 右翼手 下田海里

3番 中堅手 吉村百合

4番 一塁手 桧山みさ

5番 遊撃手 佐原美鶴

6番 捕手  原田文華

7番 ニ塁手 堀下悠花

8番 三塁手 大鷹夏妃

9番 投手  及川雅美



桧山と番匠のじゃんけんの結果、番匠が勝利し、新入生チームは後攻となる。先に攻めることになった2軍チームの先頭バッターである上田は、園城寺を見据えてぽつりと言う。


「こういうシチュエーションって、2軍の私達がかませ犬みたいだよね。でもさ……」


初球、123キロのストレートが真ん中の甘いところに行き、上田はそれを捉えてスタンドまで運んだ。


「流石に新入生達に、負ける気はしないかな」


あっさりと園城寺の球を打った上田に続いて、続くバッター達も初球でヒットを打っていく。園城寺の得意球である高速シンカーも、4番の桧山にあっさりと捉えられて外野の頭を超え、ツーベースヒットになる。2軍の打線は止まらず、すぐに打者一巡をして1番の上田を迎えた。


打者一巡して、7失点。未だに一つもアウトを取れずに、ノーアウトランナー1塁3塁。せめて1人でもアウトにしないと園城寺が思った時、脳裏に萩原監督の言葉が過ぎる。


「泣いても笑っても、1イニングは抑えて下さい」


初回の2軍の攻撃中に、どれだけ火だるまにされても交代されることはない。そう確信した園城寺は、覚悟を決めて高速シンカーを塩野谷のミット目掛けて投げ込む。これまでで一番良い変化をしたシンカーは、それでも上田に捉えられ、2打席連続となるホームランとなった。点差は10対0と、10点差になる。


ここで塩野谷が、園城寺の元へ駆け寄った。


「流石は湘東学園の2軍だね。どのバッターも弱点らしい弱点が無かったし、抑えられなさそうだよ」

「そんなこと、分かってますわよ。どうすればこのイニングだけでも、切り抜けられるかしら?」

「……後ろの野手を、信じるしかないね。三振はしてくれないだろうし」


既に三振は不可能だと判断していた塩野谷に説得され、園城寺も三振狙いから打ち取ることに目標を切り替える。そして2人はショートで腕組みをしながら立っている女、北条を見た。彼女の方向へ一度も打球が飛んでいないところから、2人は2軍面子が彼女を避けるようにして打っていたことに気付いていた。


続くバッターである下田に対して初球、園城寺はシンカーを高めに投げる。塩野谷の狙い通りに打球は左方向へ飛んだが、打球は上がり、左中間を真っ二つに破った。


これでノーアウトのまま、またクリーンアップと勝負かと塩野谷が思ったその時、2塁でアウトのコールがあった。顔を下げていた園城寺は顔を上げると、2塁到達手前で、下田が刺されていた姿を目撃する。


先ほどの打球を処理していたのは、番匠だった。持ち前の強肩を活かして、2塁を狙う下田をアウトにしたのだ。気落ちしているバッテリーに対し、番匠は大声で怒鳴る。


「たかが10点ぐらいで気落ちしてんじゃねーよ!あんまうじうじしてっとぶっ飛ばしてマウンドから引きずり下ろすぞ!」


これで活が入ったかのように見えた新入生達だったが、その後も打たれ続け、最終的に園城寺がアウトを3つ取った時、14対0と点差は14点差まで開いていた。

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