第298話 リレー
智賀ちゃんが打った打球は、ぐんぐんと伸びて左中間のフェンスに当たる。ひじりんと真凡ちゃんは余裕でホームに還って、私も三塁を蹴った。大阪桐正は流れるような中継リレーでホームへと送球するけど、残念ながらスライディングしなくても余裕でセーフだ。
智賀ちゃんの走者一掃のタイムリーツーベースヒットで、4対0と点差は一気に4点となる。これで慢心出来るほどではないけど、今日の優紀ちゃんの出来を見るにほぼ負けはない。
根岸さんは続く光月ちゃんには四球を与え、ツーアウトランナー1塁2塁とチャンスを作ったところで水江さんがショートフライでアウトに。トドメを刺し切れなかったのは残念だけど、流れは完全にこちら側なんじゃないかな。
3回裏の大阪桐正の攻撃も、3人でシャットアウトした優紀ちゃんは今まで1人のランナーも許してない。これは、6回で継投する必要すらないかもね。
「優紀ちゃんは、完封したいなら完封しても良いよ」
「え!?本当!?じゃあ」
「ダメ!優紀の爪に負担がかかりすぎるから、無失点でも6回の回頭で交代させるよ」
「えー。大丈夫だって言ってるのに……」
そう思って詩野ちゃんに優紀ちゃんの続投を提案すると、ナックルが爪に負担をかけているようで、根岸さんの第2打席にナックルを多投することを考えると4回か5回までらしい。別にナックルが使えなくても変化球が多彩だからどうとでも逃げれる気はするけど、私も投げたいから詩野ちゃんに反対する理由はないかな。
4回表の攻撃は詩野ちゃんがヒットを打つも、優紀ちゃんがバント失敗でワンナウトランナー1塁。高谷さんがヒットを打ってワンナウトランナー1塁3塁になったところで、2塁に走った高谷さんが刺されてツーアウトになる。
ワンナウトランナー1塁3塁で1塁ランナーの2塁への盗塁を刺せるのは、大阪桐正の野球のレベルが高いからだね。詩野ちゃんは無理せずホームに突っ込まなかったけど、あれ足の切り傷が走塁にも影響してるっぽい。優紀ちゃんの爪を気にして続投に反対したのに、自身のケガは放置するところが何か詩野ちゃんらしいけど、この試合が終わったら安静にさせよう。
試合はその後4対0のまま順調に進んで5回裏、根岸さんの第2打席を迎える。当然初球からナックルを投げる優紀ちゃんだけど、あっさりカットする辺りは根岸さんのバッティングセンスが凄い。
(ツーシーム、カットボール、スライダー、カーブ、フォーク、チェンジアップ、シュート、シンカー、そしてナックル……何球種あっても、この球速ならカットは出来る。このままパーフェクトピッチングだけは、されてたまるか)
根岸はカウント1-2と追い込まれてから、スライダー、カーブ、ナックルと3球続けて決めに来た球をファールにする。球速が遅い以上、根岸のバットコントロールであればファールにするだけなら簡単だった。
(プロ顔負けのセカンドに、野球星人最強の野手がサード。お蔭でショートは守備範囲が狭くても、しっかり守れるというだけで……打ち損じれば、確実にアウトになる)
湘東学園の内野陣は、サードの奏音とセカンドの聖の存在が大きく、非常に堅牢なものになっていた。西野の投手成績がどんどん良くなる理由の一つに、内野陣の守備力の高さは関係している。
カウント1-2のまま、7球目。続けて投げられたナックルを打ち、一塁線の僅かに外側へ打球が飛ぶ。下手したら長打コースだったために、少しヒヤリとした西野だったが、すぐさま視線を根岸に向けて気持ちを強く持つ。
8球目、梅村が要求した球はストレートだった。西野はそれに頷き、要求された外角、それも高めにストレートを投げ込む。
(続けてナックルだった。次は何?一番動く球はシンカーだったけど、それを最後に持って来るなら……この捕手なら、カーブ!)
夏の時に捕手である梅村のリードを完全に読み切って打った根岸は、その時の感覚のまま梅村のリードを読む。結果、大きな読み違えをしており、根岸は西野のストレートに不意を突かれた。そもそも、西野のストレートは1試合を通じて3球から4球と、とても少ない球数になっていたため候補から外していた。
この試合、初めてストレートを投げる西野はリリース時に全力で指を押し出した。その球筋を見て、即座にストレートだと判断した根岸は、何とかしてバットを合わせようとする。しかしバットは、空を切った。
西野は甲子園でストレートを投げて空振りをとった時、思わずやってしまう癖があった。それは後ろを振り返り、投げた球の球速を見る癖だ。
根岸を三振に打ち取った後、西野は後ろを振り返る。球速表示には、西野の最高球速を更新する125キロが表示されていた。
決して、速くはない数値だ。才能があれば、中学時代に出すことも出来る数字。その数字を見て、西野は小さくガッツポーズをした。それと同時に、人差し指の爪にひび割れが出来ていることにも気づく。
続く5番と6番を内野ゴロに打ち取った西野は、5回までパーフェクトピッチングを記録する。観客達は、西野の完全試合に期待を抱き始めていた。それでもここで西野に代打が出され、西野はマウンドを降りることになる。
6回裏、完全試合継続中だった西野の代わりに、奏音がマウンドに登る。奏音が抑えの投手として投げていることは観客達も理解しているが、それでも先発の西野が完全試合継続中にも関わらず交代したという事実に騒めいていた。
選抜甲子園で完全試合を達成した投手は、これまでに3人しかいない。つまり史上4人目の完全試合達成者になりえたかもしれない西野を、交代させたことになる。しかもこれまでの完全試合は全て1回戦の試合であり、決勝の大舞台で完全試合が為されたことは夏の甲子園を含めても0だ。
それでも西野は交代を受け入れるどころか、自身から交代を言い出した。西野からバトンを受け取った奏音は大阪桐正の下位打線に向かって初球、ストレートを内角低めに決める。
球速表示には、142キロが表示された。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます