第290話 近所

準々決勝進出が決まった翌日。1回戦と2回戦の湘東学園の戦いぶりが報じられ、とある新聞紙では『優勝候補の大本命』として湘東学園のあれこれが載っていた。まあ1回戦も2回戦も、対戦相手をねじ伏せる完勝だったし、相手が可哀想という声がちらほら上がるぐらいには一方的な試合展開だった。


「宝徳学園や大阪桐正も、18対6や24対2で勝っているから悪評は目立って無いけどね」

「大阪桐正のあれは、惨殺だったわね。2回戦では、21世紀枠の高校と当たるんでしょ?これ以上の点差が付きそうね」


今年の21世紀枠は1回戦で潰し合いをした後に、潰し合いをして2回戦で生き残った1校が、大阪桐正に負けるからもうすぐ全滅しそう。今年も2回戦を突破することは出来なかったけど、潰し合いのお陰で1校が2回戦に上がったから、21世紀枠の勝ち上がり率自体は上がったという。


「次の対戦相手は、東北の仙台育徳ね。確か去年、東海大相模に負けて2回戦負けしていたわよね?」

「そうだね。だから、2年連続で神奈川の高校に負けることになる。

……いや、エースの子134キロのストレートを投げるんだけど、何で毎年速球派のピッチャーが出て来るんだろうね?」

「昨年は、佐藤さんが有名でしたよね。MAX136キロをマークして、騒がれていました」

「あれ、例年ならドラ一候補だからね。去年の投手は豊作過ぎたから、大学進学を選んだけど普通ならプロになってる」


今日は真凡ちゃんと智賀ちゃんを連れて、私の実家の近くにあるバッティングセンターを訪れる。小さい頃から通っていたけど、未だにカウンターに座っているお婆さんは変わってなくて、顔の皺もあまり増えて無かった。


「ここら辺が、実家の近くなんですか?」

「そうだよ。ここのバッティングセンターも懐かしいな」

「カノンが強くなった秘訣とか隠されてそうだけど、至って普通ね。……一打席以外」


このバッティングセンターの奥の、第9打席は私専用の打席になっている。今は何か観光スポット的な何かになっていて、全国の野球少女が訪れるらしい。今日も何人か訪れていた。


「130キロのマシンを改良して貰って、150キロが出るようになっていて、マシン自体が打席に近づいているよ」

「……普通の打席と比べると、間隔が半分ぐらいしか無いんだけど?」

「真凡ちゃんも、試してみたら?たぶん慣れたら、結構打てると思うよ?」

「あ、私もやってみたいです。ストレートだけですよね?」

「ストレート以外は投げないから、安心して良いよ」


まずは真凡ちゃんが、打席に立ってみる。この打席だけ、両打ちのボックスなんだよね。まあ私が、両打ちの練習をしていた時期があるからなんだけど。私が野球で目立ち始めたのは、ここのバッティングセンターで130キロの球を延々と真芯で打ち続けていたからだったかな。


真凡ちゃんは150キロの球が通常の距離より近いためか、最初の打席は芯で捉え切れずに終わった。智賀ちゃんは何球か根元に当たった打球が、良い具合にポテンヒットになりそうな打球だったかな。


子供の頃は暇さえあれば、ここの打席で速さと短い間隔に慣れるため、1日中打ち続けていた。130キロの球なら最初から打てた私も、150キロの球は小さい身体だと打ち返し辛かった。マシンを近付けてからは、ミートするよりもパワーを付けてどうにかしようという思考になった。


結局両方とも鍛え続けたけど、ここの打席でホームランを打てるようになるには時間がかかったかな。ちなみに私は、ここの打席以外でホームランを打っても景品が貰えない。元々この打席をお婆さんが作った理由は、私が願ったんじゃなくて私を抑えるためだった。


真凡ちゃんと智賀ちゃんが2打席ずつ楽しんだ後は、私も打席に入る。中学最後の時、ここに寄って出した記録は25球中9本のホームラン。それがどれだけ増えるのかは、ちょっと楽しみだった。


初球、2球目と芯に当たるも、ホームランの的からは外れる。だけどこの2球で、感覚は掴めた。3球目からは、どんどんとホームランの的に当てて行く。3球目以降、23球中17球を的に当てた私は、お婆さんに景品を貰おうとしたら、カードを渡されてスタンプを17個押してくれた。


……私が神戸から出て行く前までは、的に当てるだけで追加の1打席分のコインを貰えたけど、いつの間にかポイント制になっていたのか。スタンプが20個貯まったらプロ野球の観戦チケットを貰えるそうだけど、それなら貯める意味も少ないかな。的が心なしか少し大きくなったのも、こういう理由があったのか。


大会7日目は、宝徳学園が智伝和歌山を相手に9対0で完勝して準々決勝進出を決める。明日は大阪桐正が出るし、明後日は統光学園の2回戦と湘東学園の準々決勝がある予定。1日3校のスケジュールだけど、選抜甲子園には32校しか参加していないから、日程の経過が凄く早く感じる。

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