第291話 選抜9日目

ぶらっと近所にあったバッティングセンターに行ったり、そのことについて後から久美ちゃんや聖ちゃんに何で私も連れて行ってくれなかったのと怒られたりして、大会中の日々を過ごす。今日は大会9日目で、とうとうベスト8が出揃い、湘東学園は準々決勝に向かう。


準々決勝の相手は、宮城の強豪仙台育徳。何が強いかって、この高校は毎年のように速球派のエースが生まれて、プロ野球に出荷される。ちょっと前まで、ドラフトで迷ったら仙台育徳のエースを採れと言われていたぐらいには、エースが強い。


近年は大阪桐正や履陰社の、大阪勢がドラ一指名を受けることも多いけど、それでも仙台育徳のエースをドラ一指名する球団も存在する。基本的にエースは速球派の投手だから、プロでも通用はしやすいんだよね。


去年の秋から仙台育徳の背番号1番を背負っているのは、2年生の鏡(かがみ)さん。MAX134キロのストレートだけじゃなくて、縦に割れるカーブも持っているから厄介だ。ちなみに変化球はその1球種しかない。高校生では珍しくないけどね。1球種に拘る人って。


1回表、仙台育徳の打線は優紀ちゃんが無失点に抑える。中7日での登板で、疲れなんかは無いだろうけど、今日は省エネピッチングかな。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 二塁手 木南聖

2番 中堅手 勝本光月

3番 左翼手 伊藤真凡

4番 三塁手 実松奏音

5番 一塁手 江渕智賀

6番 遊撃手 水江麻樹

7番 右翼手 中谷雅子

8番 捕手  梅村詩野

9番 投手  西野優紀



今日はライトに高谷さんじゃなくてなかやんを起用。前の試合で高谷さんが足首と膝を捻挫したからだ。走塁時での怪我も、甲子園での怪我もついてない。一昨日に病院へ行ったら、今日の試合は出ない方が良いと言われ、急遽なかやんの出番となった。


……なかやんの、本塁打の率は結構高いんだよね。体格は違うけど、来年には智賀ちゃんのような長距離砲になっているはず。まあその分、外野フライで倒れる率も高いけど。7番辺りにいたら、嫌なバッターではあるね。


1回裏は、聖ちゃんから。ヒットで出塁すると、光月ちゃんのファーストゴロが進塁打になってワンナウトランナー2塁。チャンスの場面で真凡ちゃんは、ストレートを弾き返してショートライナーになった。


「どうだった?」

「ブレ球よ。ここまで勝ち上がるだけの、球は持っているわね」

「……んー、パワーでどうにかするしかないかな」

「パワーで、どうにかなるの?」

「何回かブレ球持ちとは当たったけど、芯から外れ切るってことはほとんど無いからね」


ブレ球は川崎立花の三村さんとかが使っていたけど、ホームランにはなりにくい球だ。ツーアウトランナー2塁で、私と勝負するのかなと思っていたけど、初球はストライクからボールになる落ちるカーブ。これは、勝負しに来たのかな?


2球目の、アウトコース高めのストレートを追っ付けてライト方向へ流す。あのコースで、133キロが出るなら本当にドラ一候補になり得そうなピッチャーだね。今年の夏には、さらに成長しているのかな?


流した打球は、ライト線に落ちてスリーベースヒットになる。聖ちゃんは本塁に還って、1点を先制。続く智賀ちゃんは、快音を鳴らしたけど打球はフェンスの手前で失速し、後退していたセンターがきっちりと捕球してスリーアウト。今のは、風で押し戻されたのかな。


1回が終わって、1対0と最少得点差なのも少し珍しい。2回表、優紀ちゃんはきっちりと3人で抑えるけど、この子まだナックル使ってないんだよね。大阪桐正戦まで、完成したナックルは隠し通せるかな?


その後は湘東学園が少しずつ得点を重ねていく試合展開で、5回裏。3対0になって先頭バッターに私を迎え、ここで初めて鏡さんは私を敬遠した。2打席とも、ホームランは打たれずとも長打だったから、やっぱり抑え切るのは無理だと思ったんだろうね。


でも湘東学園には、私を敬遠した後の打席なら必ず打つバッターがいる。ここ最近の、私の敬遠後の智賀ちゃんの打率は10割に近いので、ぶっちゃけ智賀ちゃんもかなりおかしなバッターになって来た。


そして初球、智賀ちゃんは真ん中低めのストレートを引っ張ってレフトスタンドまで運ぶ。これで5対0となって、試合の行方はほぼ決定した。6回表からは私が登板して、打者6人を相手に零封。最高球速は141キロをマークして、日本人高校生最速タイ記録を叩き出した。


試合は結局、6対0で勝利。ここまで甲子園で1失点もしていないことで、守備力もあるチームだと誤解され始めたけど、実際は投手陣が良いから無失点を続けられている。一方で打撃は今回、鑑さんに抑えられた方だと思う。ただ速いだけの投手からでも10点は取れる打線だし、純粋にブレ球とコントロールが良かったね。

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