第289話 化け物

大会6日目の昼。甲子園の2回戦は呉港高校と湘東学園の試合から始まる。呉港の先発は1回戦と同じく戸村で、湘東学園の先発は島谷。甲子園では珍しい、1年生の左腕同士の対決となった。どちらも中学時代から、お互いの存在は認識していた。


島谷と戸村に、それほどの差があるとは思われていなかった。むしろ島谷は怪我の噂が出回っており、相対的に戸村の評価の方が上がっていた。戸村の方は1回戦で投げたとはいえ、中5日の休みがあった以上、疲れは残っていない。むしろ2回戦の今日の方が、調子は良いぐらいだった。


試合は呉港高校の先攻で始まる。初回、先頭バッターに対して島谷が投げたストレートの球速は130キロ。昨年の夏の甲子園の時と、球速自体は変わっていなかった。それどころか、僅かに下がっている。


しかし、制球は大きく変わった。今までは力いっぱい振り絞って投げていた速球を、今の島谷は余裕を持って投げることが出来る。右肘の怪我を治す期間、島谷は下半身を中心にトレーニングしていた。身体も大きくなり、下半身の筋肉量が増えた結果、怪我をする前の動作が出来ずに一時的にコントロールも悪くなった。


そのため、島谷はフォームを変えた。奏音の投げ方も参考にし、腕の振り方まで変える。その結果、前までよりも2、3キロは最高球速が落ちた。そしてその代わりに、回転数と低めへのコントロールを手に入れた。


その上で、変化球は今まで通りにスライダー、フォーク、シュート、スクリューの4球種が扱える。この中でスクリューだけは今までより変化し辛くなったが、それでも空振りを誘うには十分な変化をしていた。


現在は、弄ったフォームでもストレートで130キロを投げられるようになった。左腕で、バックスピンが綺麗にかかった球が、低めギリギリに決まっていく。呉港の上位打線の攻撃は、二者連続で三振をした後、3番がキャッチャーフライを打って終わった。


1回裏の湘東学園の打線は1回戦と同じで、高谷から。1回戦で機能した打線は、2回戦でも通用した。左打ちのバッターは、左投げの投手と相性的に不利ではある。それでも、最早そのことが関係ないほどに力量差がついており、湘東学園の打線は止まらなかった。


高谷がカーブを流し打ちでレフト方向にクリーンヒットを打つと、すかさず2塁まで盗塁。木南もセンター前へのヒットで続くと、ノーアウト1塁3塁の場面から伊藤をフォアボールで出塁させてしまう。1回戦と同じく、ノーアウト満塁で奏音がバッターボックスに立った。


(怪物が、怪物を呼ぶ。カノンはその怪物軍団の中でも、さらに強い化け物だ。正直に言って、打たれる気しかしないよ。あんなのと同世代の先輩達は、不運でしかない。

……でも大丈夫。カノンは、データに無い変化球に弱い。このツーシームなら、きっと……!)


戸村の心は、既に折れかけていた。初回から連打を浴び、満塁で奏音を迎える。しかしそれでも、気持ちを立て直して、この時のために隠していたツーシームを膝元いっぱいに投げ込んだ。奏音は初見の変化球を打ち損じやすいという、データを信じて。


ストレートとほぼ同じ球速で、インコースに決まるその球は沈んだ。バットを振っていたカノンは、沈んだツーシームをそのまま打つ。


芯は完全に外れたため、打球が上がらないはずだった。実際、打球は上がっていない。カノンの打った打球は、鋭いライナー性の打球になって、サードと三塁ベースの間を通過した。三塁線を転がり、慌ててレフトが対応する。


とてつもない速さだったため、サードは飛び込むことを躊躇した。そう、サードは戸村に伝えてしまった。実際には奏音が打ったと知覚した瞬間には、もう脇を通過していた。奏音のタイムリースリーベースヒットにより、湘東学園は3点を先制。続く江渕が今季の甲子園で2本目となるホームランを打ち、5対0となる。


2回以降も奪三振を重ねた島谷は、6回までに打者18人を相手に奪三振13を記録。7回には疲れからかヒットを打たれてしまい、完全試合もノーヒットノーランも逃したものの、完璧な内容で呉港打線を抑え込んだ。


一方で湘東学園の攻撃は、奏音、江渕、勝本、水江の4人がホームランを打ち、6回裏まで0点だったイニングが存在しなかった。毎回得点を重ね続け、4本のホームランを打った湘東学園打線は、18安打16得点と持ち前の破壊力を見せる。


1回戦と同じく、一方的な試合展開となった2回戦は湘東学園が16対0で勝利する。選抜出場校の中では、いち早く準々決勝進出を決めた。しかし他の優勝候補達も、順当に勝ち上がっていく。今年の選抜甲子園は、ジャイアントキリングや劇的な逆転劇が少ない甲子園となった。

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