第288話 初日
選抜甲子園の開会式が終わり、始まった選抜甲子園初日の第1試合。呉港高校と埼玉農大三校の試合は、下馬評だと埼玉農大三の優勢だった。しかし呉港は冬の間に頭角を現したのか、埼玉農大三にとっては無警戒だった先発が登板して埼玉農大三を完封。
……いや、冬の間に成長したというよりかは、怪我が治ったって感じかな。彼女は1年生で、中学野球でも活躍をしていた子だ。戸村(とむら) 真樹(まき)さんは、左投げ左打ちのサウスポー。島谷さんより評価は下だし、実際に球速も島谷さんより遅いけど、球種は多い。
最速は126キロで、スライダー、スローカーブ、フォーク、スクリューを投げる本格派の左腕。良い左バッターが多い湘東学園にとっては、嬉しくない投手だ。2回戦の対戦相手も決まり、いよいよ私達の試合が始まる。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 右翼手 高谷俊江
2番 二塁手 木南聖
3番 左翼手 伊藤真凡
4番 三塁手 実松奏音
5番 一塁手 江渕智賀
6番 遊撃手 水江麻樹
7番 中堅手 勝本光月
8番 捕手 梅村詩野
9番 投手 西野優紀
1回戦の今日は優紀ちゃんが先発で、打順は高谷さんを先頭バッターにしている。2番3番の出塁率が高いから、今日はランナーがいっぱい貯まった場面で打席に立てそう。
湘東学園は後攻なので、1回表は北海大谷の攻撃。この冬の間に一回り以上成長した優紀ちゃんは、とうとう念願だった125キロが出るようになっている。ただし練習試合での最高球速は124キロで、今日の最高球速も124キロだね。
冬の間にスローカーブも覚えた優紀ちゃんは、ナックルも含めると9球種。準決勝、決勝まではナックルを隠して登板すると言っても、8球種もあるんだから狙い球が絞り辛い。
この回の北海大谷の上位打線は、追い込まれる前に当てに来る感じだったけど、見事に3人とも内野ゴロでスリーアウト。甲子園初出場の水江さんは緊張したのか送球は高かったけど、ファーストは長身の智賀ちゃんだったから事なきを得た。
「ナイピッチー!4球で終わったじゃん」
「うん。今日はちょっと、調子が良いね」
「……単に、相手が早打ち傾向のチームだからだよ。神宮大会は後先を考えない、勢いのあるチームが優勝するものだし」
バッテリーに声をかけると、相変わらず根拠のない調子が良い発言をする優紀ちゃんと、相手のダメだしを始める詩野ちゃん。この2人、甲子園に来ても浮つかなくなったし、平常運転をするようになった。その点に関しては、本当に頼もしいし、有り難いね。
1回裏、高谷さんから始まる打順だけど、相手の先発はエースの鎌也さんじゃなくて2番手の投手だった。御影監督の情報によると、やっぱり鎌也さんは秋に投げ過ぎていて肘に異常があるみたい。選抜甲子園にも間に合わなかったということは、最後の夏にかけてくる感じかな?
2番手投手は、最速123キロと優紀ちゃんの最高球速と同レベル。マウンド経験も少ない感じで、凄く頼り無さそうに見えた。一応、秋季大会には合計で4イニングだけ投げていて、球種はカーブと縦のスライダーのみ。
この冬で何かしらの変化球を憶えている可能性はあったけど、偵察はしなくて良いよというサインが御影監督から出ると、高谷さんはセーフティバントであっさりと出塁する。聖ちゃんと真凡ちゃんは息をするようにヒットを打ち、ノーアウト満塁で私の打席。
早くも。マウンドの投手の顔色は悪い。何せ、去年は満塁敬遠のせいで履陰社のイメージは大打撃を受けた。初回のこの場面、甲子園の熱狂的な雰囲気の中、私を敬遠するというのは度胸のいる行動だ。
そして相手ピッチャーは、私を敬遠出来なかった。初球、力の無いストレートが外角低めに来たので、芯で捉えて引っ張る。風にも乗った打球は、高く上がって、甲子園の最上段に飛び込んだ。
初回の満塁ホームランで、試合は4対0とリードする展開になる。ここで早くも北海大谷のベンチが動き、投手交代をしようとしたけど、投手側が拒否したみたいで続投になった。
私のホームランで打線が休むということはなく、5番の智賀ちゃんはフォアボールで出塁し、水江さんや光月ちゃんにもヒットが出る。水江さんも緊張は取れて来たみたいで、1回戦で強豪校と当たらなくて良かったと心底思った。
初回から打線が爆発し、打ち続けた湘東学園は1回裏だけで私の2本の満塁本塁打を含め、12点を取った。それは相手の心を打ち砕くのに十分過ぎる得点で、向こうは1点だけでも取り返そうとセーフティバントや振り逃げなどをして来るけど、私や詩野ちゃんがそれすらも許さない。
試合は19対0で7回表を迎えて、最終回。優紀ちゃんに代わって私が投げる予定だったけど、優紀ちゃんの球数が異様に少なかったので優紀ちゃんが続投。最後の3人もキッチリと抑え、打者22人を相手に被安打1、四死球0とほぼ完璧なピッチングをしてくれた。
1回戦を圧倒的な大差で勝った湘東学園は、5日後に2回戦に望む。次の試合は色々と考えた結果、先発を島谷さんにした。
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