第281話 聖夜
冬合宿に入って3日目。屋内練習場の資材運びのバイトはローテーションを組んだ結果、3日に1回というペースになっているので、バイトをしている時以外はひたすら練習に時間を費やす。
そして今日は、クリスマスイブだ。去年は人数が少なかったからクリスマスの日に大量のフライドチキンをケンターキーで買うことが出来たけど、今年もそれをすると用意するフライドチキンの量が凄まじいことになりそうだった。
なので、流石に実行には移せなかった。予約できる数にも限りがあるし、店舗のチキンを食らい尽くしてしまう。1人4ピース計算だと、200ピース以上用意させることになるしね。
なので業務用スーパーで大量のお肉を買い、焼肉をすることに。余ったら夕食に回せるからと、指示されたお肉の量は30㎏。5kgの肉片が6つある光景は圧巻だし、中には値段が高い部位もあるけど全部一緒でも良かったかも。
「夜に重りを持って走るのと、重量的には同じはずなのに、牛肉を持ち運んでいる時の方が疲れますよね」
「それは見た目と、大きさの差かなぁ?
というか30kgの牛肉を買うのに10万円渡されて、お釣りが出ないようにしろって難しい注文だよね」
「基本的に買い物なんて即断即決のカノンが、悩んでいる姿は新鮮だったわよ?」
「悩んでいる時間が惜しいから即断即決なんだけど、こういう時はきっちり10万円使いたくならない?
まあお釣り、28円だけ出たんだけどさ」
牛肉を持って業務用スーパーから寮まで、走って帰る。智賀ちゃんの言う通り、普段の重りより牛肉の方が重たく感じるのは重りが持ちやすいからかな。
真凡ちゃんと智賀ちゃんと喋りながら、寮まで走り切る。寮に付いた時には、2人とも息を切らしていた。この寒さだし、牛肉は冷蔵庫に入れなくても良さそう。
「さあて、野菜の買い出しはマネージャー組と1年生を使おうかな。
七條さん!財布は任せるから5人ぐらいマネージャー連れてメモ通りに野菜を買って来て。重い野菜運びには……聖ちゃんと光月ちゃんと水江さんと牛山さんを使って良いから」
「了解です。
マネージャー組は、自転車使っても良いんですよね?」
「うん。往復で4キロあるし、自転車使わないとマネージャー組は辛いでしょ。場所は、何回か行ってるから分かるよね。1年生組には重たい野菜を持たせて、走らせて」
「分かりました」
野菜は七條さん達が買いに行って、お肉が早速切り分けられる。いつも食堂のお姉さん達が使っている自動車がエンストして動かなくなった時は心配だったけど、何とかなりそうかな。
「そう言えば最近、肉の比率が高いよね?」
「あー、この冬にちょっと太って欲しいから肉の割合は高くなってるよ」
「やっぱり?
でもどちらかと言うと、筋肉がついて太った人の方が多いよね?」
「うん。まあ、体重を増やすことには成功しているし、パワーが増した子は増えたよ。
優紀ちゃんも、打球が飛ぶようになってるし」
「私の場合、マシンの球でも芯で打てることの方が少ないけどね」
私達の買って来た肉を見て、優紀ちゃんが「うおおおぉぉ……」と謎の声を出し、寮の食事の肉の比率が上がったことについて触れて来た。湘東学園、練習量が多いせいで中々太れないし、この冬合宿中に少し体重は増やさせる算段ではあるけど、そこまで明確な目標ではない。
体型が変わることでスイングが乱れたり、それがきっかけで不調に陥ることもあるしね。メリットがあるのと同時に、相応のデメリットも発生するのであくまで体型については太れる人が太ったら良いんじゃないかな程度。
トラブルもあったけど、クリスマスの焼肉は時間通りに行なえて、プレゼント交換タイム。去年は凝ったプレゼントを用意出来ないからと私含めて半数以上がスルーしていたので実現しなかったけど、野球用品を詰めて交換すれば良いじゃんという意見が出たので今年は実施。
私はグラブのお手入れセットを箱に詰めて放流したら、ちょっとお高いレザーケアクリームになって帰って来た。どうせほとんどの人はブラシとか持ってるし、私もそうすれば良かったと少し後悔したけど、私のプレゼントを引き当てた久美ちゃんは喜んでいたのでホッとした。
私が使っている物と同じだし、たぶん金額的には1番高い。不正とかは見た限り無かったはずだけど、何で久美ちゃんの手元に渡ったのかは永遠の謎。というか久美ちゃんの手入れ道具、私と同じはずだったけど良かったのかな?
冬合宿は今のところ順調で、脱落者は居ない。最初から怪我で練習に参加出来て無い島谷さんと、補習のせいで途中参加になっているなかやん、宮守さん他数名がいるけど、補習の拘束時間はそれほど長くないので言う程ロスにはなってない。
問題は島谷さんの方だけど、選抜までには間に合うし今は下半身を中心に少しずつ鍛えて現状維持をしていくしかない。もしも右肘じゃなくて左肘の怪我なら、回復後も元に戻るまで時間はかかったはずだから、咄嗟に庇えてなかった時のことを考えるとゾッとする。
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