第282話 謹賀新年
大晦日の日。今年は実家に帰省する人が多くて、寮に残る人はかなり少ない。今年の2年生組は、詩野ちゃんと久美ちゃん、優紀ちゃんと智賀ちゃんが実家に帰省したし、1軍の1年生組はほとんどの人が帰省した。と言っても、寮に残る人は残るね。
この大晦日と元旦の二日間しか、湘東学園の野球部員に休みらしい休みは無い。練習が厳しい高校は何処もこんな感じだし、この貴重な二日間さえ、練習に費やす人もいる。
「1日中、マシン打撃が出来るのは良いわね。こんなに打ち込んだのは久しぶりだし、これは寮に残った人の特権ね」
「後でボールを拾うのも、楽になったしね。……器用に、一塁線と三塁線に打ち分けるね?」
「後で、ボールを回収する時に一箇所に集めれば楽じゃない。というかこれ、初日のカノンがやってたわね」
「初日?
あー、入部初日か。懐かしいね。あの時の真凡ちゃん、スイングの度にバットがどんどん下がってたのが印象的だったよ」
「あの時はバットを振る体力さえ、無かったからよ」
寮に残った真凡ちゃんと一緒に、マシンを引っ張り出して延々と打ち続ける。来年が最後の年になる私達は、悔いが今年に残らないように持って来たボールを全部打ち切った。
打ち切った後はボールを回収するわけだけど、マネージャー組の負担を減らすために湘東学園はボールの回収器を買っている。回収したボールを入れる籠は背負えるようになったし、一々屈まなくて良いのは凄く楽だ。
「何と言うか……寮の人数が減ると寂しくなるね。
というか1軍の1年生で残ったの、聖ちゃんと光月ちゃんとなかやんだけ?」
「そうですよー。私と光月ちゃんは、兵庫まで帰省するのも時間かかりますし、私的にはカノン先輩が寮にいるのに実家に帰る選択肢がありません」
「関西出身だと、2日間は短いからね。帰って1泊してすぐ出発する感じになるし、ゆっくりする時間は無いよ。
でもまあ来年からは、聖ちゃんがキャプテンになると思うから休みの期間は自由にして良いよ」
「あれ?光月ちゃんじゃなくて、私がキャプテンですか?」
「私に対する行動以外はまともだし、何だかんだ言って練習量は、湘東学園一でしょ」
寮の食堂にあったお姉さん達が用意してくれていた年越し蕎麦を食べながら、聖ちゃんとお話をする。いつもは人がいっぱいの食堂が、ガラガラだと一抹の寂しさを覚えるね。
来年の夏までは、私がキャプテンだから部の方針には私の意向がかなり強く表に出ている。だけど来年の秋から、キャプテンとして湘東学園の野球部を引っ張っていくのは聖ちゃんだ。副キャプテンは光月ちゃんと、高谷さんになりそうかな。
色々と引き継がないといけないものもあるし、今のところ明確に野球部を引っ張っていける力を持っているのは、聖ちゃんと光月ちゃんと島谷さんと高谷さんの4人。実力的にはなかやんや宮守さんも力があるけど、この2人は進級が危ないのにキャプテン業を押し付けたらパンクしそう。
「高谷さんも、練習量は多いですしキャプテン向きだと思いますよ」
「無理。高谷さんの運の悪さ、尋常じゃないんだよ」
「あー、そう言えばジャンケンで勝ったことがないって言ってましたね」
「試しにマネージャー達に運試しを幾つか仕掛けたら、全部駄目だったって言ってた。ガチャで270連SSR無しはビビったよ。SSR率5%のゲームだから、100連SSR無しも早々ないのに……」
そしてこの4人の中で、練習量を比較するなら聖ちゃん=高谷さん>光月ちゃん>島谷さんさんなんだよね。今までの実績と性格を考えると、次期キャプテンは聖ちゃんしかいない。高谷さん、どちらかと言うと内向的だし、かなり運が悪い。
……この運が悪いというのは、キャプテンとしてわりと致命的だ。組み合わせ抽選会では露骨にくじ運が出るし、毎試合行なう先攻後攻を決めるジャンケンで負け続けられたら、常に先攻になって非常に困る。ちなみに270連して確率5%のSSRを1つ以上引ける確率は、約99.9999%になる。
これは同じく運の無かった小山先輩のジャンケン運が、悪いと言えないレベルでヤバい。あっちはあっちで、早々に東洋大相模と当たるくじを引いていたけど。
「……うわ、本当に99.9999%だ。
あ、そう言えばこの99.9999%をシックスナインと言うのですが」
「言わないよ?録音機どこにあるの?」
「察知するの早過ぎです!まだ私何も言ってないです!」
「聖ちゃんの口からそういう単語が出て来る時は、大体私に言わせたい時でしょーが」
お互いにアホなことを言い合いながら、大晦日の夜は過ぎていく。私の高校野球生活は、早くてあと半年。遅くても8ヵ月後には幕を閉じている。まあその後にまたU-18W杯があるし、ドラフト会議まで忙しいとは思うけど、残り1年も無いことを新年を迎えて、改めて実感した。
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