第271話 バッテリー

湘東学園対咲進学園の試合は2対1のまま3回表を迎えて、先頭バッターは9番の優紀ちゃんから。投手陣もバッティング練習の時間は設けているし、フリーバッティングでは智賀ちゃんや久美ちゃんの球をよく打つ優紀ちゃんだけど、低めのカーブに手を出して残念ながらピッチャーフライに倒れる。


「あれ、凄いね。内角外角とボール一個分の出し入れをするコントロールだし、カーブは3種類ぐらいない?あそこまで投げられる1年生って、珍しいよね?」

「優紀ちゃんが、真面目に相手投手の分析をしていることの方が珍しいよ。

……あはは、冗談冗談。確かにコントロールはプロ級だし、カーブも良い所突いて来るけど、試合経験が薄い1年生ということに変わりは無いよ」


ワンナウトから、聖ちゃんがセーフティバントで出塁すると、光月ちゃんのサードゴロの間に聖ちゃんが2塁まで進む。ツーアウトランナー2塁とチャンスを作って、真凡ちゃんの打球がショートの好守に阻まれてスリーアウトになってしまったけど、この様子なら点はまだ取れる。


3回の攻防が終了して、2対1と1点差。川江さんのテンポが良いせいで試合全体のテンポが速いから、本当に大した1年生だけど、たぶん川江さんの頭の中に私達のデータは入って無い。


4回表。先頭バッターの私を敬遠した後、智賀ちゃんにストレートから入って川江さんは被弾をする。試合は4対1となり、またキャッチャーの2年生が険しい顔で川江さんに話しかけていた。


「……首振りが多いし、川江さんは強打者相手でも勝負したい投手だと思う」

「まあ、そうだろうね。あのキャッチャーも苦労してると思うよ。あの剣幕で詰め寄っても、川江さんはどこ吹く風じゃん」

「そういう投手の、力を引き出すのも捕手の役目だと思うけどね。性格に難のある投手なんて珍しくないんだし、上手く投げやすい球を投げさせろよと思うよ」

「……そういう、ものなのかな?」


相手バッテリーの様子を見て、捕手が苦労してそうだと思っていたら、詩野ちゃんが上手く操縦しろよという旨の話をしていた。この前、坂上さんや原田さんとかの1年生捕手組を相手に『投手の投げたい球、投げたくない球』を語っていたなと思い出す。


投手と捕手は、1試合に100回以上のサイン交換をするのも珍しくない。だからバッテリーは信頼関係が必要だし、詩野ちゃんの考えでは、投手の投げたい球の方が腕の振りは良いから打たれ辛いとのこと。詩野ちゃん自身も我は強いし、強気な性格をしているけど、試合で勝つために投手を優先するリードというのもよくしてる。


……性格に難のある投手は珍しくない。こういうトゲのある話を私に振るってことは、最近の私のリードに苦労してるんじゃないかな。コントロールが悪くなって、変化球やコントロールより速球の力でねじ伏せることを私自身が好むようになって来てしまっているから、釘をさす意味も含んでそうだね。


3点差になって、4回裏の咲進学園の攻撃は球数が嵩んで来た優紀ちゃんからフォアボールをもぎ取り、チャンスを作るも無得点。5回表の優紀ちゃんの打順には代打で中谷さんが出るも、センターフライに倒れる。


5回裏は宮守さんが登板して相変わらずの縦スラ連打。宮守さんは毎試合、頭から準備してくれているので非常に助かっているし使いやすい。最近は対戦相手も宮守さんを警戒するようになって来たけど、やっぱり1イニングだけなら抑えられそうだね。


最速は123キロと遅いけど、ストレートと縦スラの球速差があまり無いのも特徴。左の及川さんも使ってみたいけど、流石に選抜行きを決める試合でコントロールに不安のある投手を投げさせたくない。投げさせるとしたら、準決勝以降に投手の数が足りなくなった時かな。


6回表は私の敬遠と盗塁から1点を追加し、6回裏、7回裏は私が零封した。咲進学園の打線は最後まで諦めず食らい付いていたけど、最終的には5対1で湘東学園が勝利。準決勝進出と、選抜甲子園行きを確定させた。


……結局川江さんは、全国で見てもトップクラスになってきた湘東学園打線を相手に7回まで投げて5失点。性格云々は置いておいて、正直に言うと将来が楽しみな投手だし、来年の私達が抜けた秋季関東大会では強敵だろうね。というか、来年の夏には甲子園で活躍してそう。


2回戦が終わり、ベスト4の面子も確定した。統光学園対東甲斐大甲府は9対0で統光学園が勝利。茨城1位の常統学院対埼玉1位の埼玉農大三校の試合は、1対0で埼玉農業大学第三高等学校が勝利した。


群馬1位の前橋栄徳対千葉1位の習志野の試合は4対3で県立習志野が逆転勝ちをして、湘東学園対咲進学園は5対1で湘東学園の勝利。去年に引き続き、今年も神奈川から複数の選抜行きが確定する。


そして、待ちに待った今年のドラフト会議が始まった。

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