第227.5話 教え

合宿9日目。加重ベストを着て行なう練習にも慣れ始めた頃、高谷は木南に質問をする。


「ひじりんは、最初からイメージって答えを知っていたんだよね?」

「うん。まあ、私はカノン先輩に気付かされたからね。光月ちゃんは、カノン先輩に教えて貰った形になるけど」

「……これって自分から見つけるのと、他人から教えられるのとで、差が出来るの?」

「……何で俊江ちゃんは、そういうことまで気付くのかな?明確な差が出る証拠なんて無いけど、私は差があると思ってるよ」


高谷は糸留から話を聞いた時に、そこまで重要な技術であれば早く教えて欲しいと思った。早くからイメージの訓練が出来ていれば、今頃もっと上達していたはずだと考えたからだ。しかしそこで、高谷はさらに奏音が教えなかった理由があるとも考えた。


高谷の考えた仮説に、木南は曖昧な表情で頷く。木南自身も、自分から気付くのと他人から教えて貰うことに、そこまで差があるとは思って無かった。それでも、差が出来ることを木南は肯定する。


「実を言うと、カノン先輩にイメージについて一から教えて貰った光月ちゃんの方が最初は凄かったんだよ。U-15W杯でも私より活躍していたし、中学最後の大会まで打撃成績なら私より上だった。でも、高校に入ってからは私の方が上になった」

「ひじりんが、カノン先輩に教えて貰わなかった理由ってあるの?」

「その時の話をすると長くなるんだけど……光月ちゃんが先に答え合わせをしちゃった感じだと思って」


木南と勝本は奏音と同じガールズのチームに所属していた時期があり、2人とも入った当初から活躍をしていた奏音に色々と教えて貰っている。その時にイメージについても教えて貰っていたが、木南は時間をかけ自力でイメージという答えに辿り着いたのに対し、勝本は頭を下げて奏音に教えを請うている。


その結果、勝本は木南より上手くなる時期が早く、奏音が引退する際に、勝本がキャプテンに選ばれている。その後も勝本の方が打撃成績の良い時期は続いたが、高校に進学した途端にそれは逆転した。


それでも勝本は湘東学園に入学した当初、1年生の中では打撃も守備も群を抜いて上手かった。そのアドバンテージは徐々に詰まっているものの、既にセンターのレギュラーを確保しつつあるほど実力がある。決して、下手になったわけではない。


「教えて貰ったイメージと、自分から気付いたイメージの差って何だろう……?」

「そこが分かっていれば、カノン先輩も糸留コーチも論理的に教えるはずだよ。でもイメージはあくまでも、自分にしか見えない。同じイメージでも、差が出来るとしたらその部分だと思う」

「そこが分かれば、全員が上手くなりそうなものだけど」

「それは違うんじゃないかな?イメージは武器の一種でしか無いし、合う合わないもあると思う。例えば梅村先輩はルーティンを組み始めたし、江渕先輩は、白球以外見えない状態まで集中してるって言ってたし」

「言ってたね。白球以外見えない世界って、どんな世界なんだろう」


高谷は勝本と木南を比べ、差が何かと探すものの、結局その答えは見つからなかった。奏音も糸留も、このことを薄々感じ取っていたために、イメージをすぐに教えることに関しては躊躇していた。それでもこのタイミングで踏み切ったのは、イメージが武器になるまでに時間がかかるからだ。




「江渕は幾つか御影監督から同じことを聞いているかもしれないが、一応聞いておいて欲しい。敬遠後にゾーンに入れるという理由についても、触れるからな」


部員達の大半がイメージを大事にして練習に取り組む最中、江渕や勝本を始めとする数人はゾーンについて糸留から学ぶ。


「まずゾーンに入ろうとして、入れるものでは無いとだけ言っておく。イメージとは違い、安易に習得できる技術でもない。かくいう私も、ゾーンに入った経験なんてそれほど多くはない」


糸留はまず、超集中とも呼ばれるゾーンに入ること自体が難しいということを告げ、その後江渕の例外性に触れた。江渕は奏音が敬遠された後の打席で、ゾーンに入ることが多々ある、江渕自身、そのことについて認識しており、基本的には日に1度しか訪れないことも把握していた。


「ゾーンの感覚を言語化すれば『集中しなければいけない場面で、無意識的に集中すること』になる」


江渕の場合はカノンが敬遠されて、絶対に打たなければならないという思い込みから、ゾーンに入る。プレッシャーや、打てなかった時の不安や恐怖が押し寄せ続けた後に、スイッチが入る。この時、極限まで集中力を消費するため、江渕は日に何度もゾーンに入ることは出来なかった。


「江渕の場合は、極度の緊張や打てなかった時の恐怖が関係していると思われる。スイッチが分かっているのに、何度も入れないのは集中力不足だな」


江渕に対しては集中力を持続させるための訓練を始めると言い、糸留は残りの面子に対して、ゾーンの入り方についての説明を始めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る