第218話 伯母と姪
練習が終わったので、学園長室の前まで来る。ここに来ると、いつも入学したての頃を思い出す。
「野球部が本格的に始動して1週間だけど、上手くやっていけそう?」
「分からないよ。分からないけど……シオ姉は、どこまで野球部に力を入れていたの?」
「今まで野球部に、力を入れて無かったことは一目瞭然じゃない?入学初日に、まさか本当に来るとは思って無かったって、言ったじゃん」
「本当に野球部に力を入れて無かったら、広いグラウンドは他の部が使っているだろうし、バッティングマシンを2台も維持出来ないでしょ。私を呼んだ、本当の目的みたいなものはあるんじゃないの?」
「いつかはバレると思っていたけど、思っていたより早かったわね。……弱小校を、強い選手が甲子園まで連れて行く。そんな筋書きはありふれていて、数年後には人々の記憶から薄れていく」
「それで?」
「でも弱小校を弱小校のままにせず、野球の天才が強豪校に仕立て上げたら?毎年のように、激戦区神奈川から甲子園に行くような強豪校。その下地をカノンが作ったのなら?」
「……湘東学園が甲子園に行く度、私が持ち上げられるってわけか。弱小校を1人のエースが甲子園まで連れて行っても、数年後には元の弱小校に戻るからね。それが、シオ姉の言う恩返しなの?」
「そうなるね。カノンのお陰で、投資やFXではかなり儲けさせて貰えたから、お金を注ぎ込むことは出来る」
「じゃあとりあえず、大量のボールと変化球を投げられるピッチングマシンを買って。あと私のレベルが周りより圧倒的に高いままなら、上に行くほど敬遠されると思うから甲子園は厳しいし、もし甲子園に出れても敬遠はされ続けるんじゃないかな」
「初めて甲子園に行けるとしたら、100回記念大会でくじ運が良かった場合だろうね。それで甲子園に行って、強豪校にぶつかって、敬遠されて負けたら……カノンを敬遠して勝った高校には、新入生が入り辛くなる。出来ればそれは、大阪の学校が相手だったら都合が良いね。大阪桐正なら最高」
「……シオ姉は夢見過ぎって、よく言われない?大阪桐正と当たっても、私が敬遠されたから負けるなんてパターンは早々ないと思うよ。まずチームとしての総合力が違い過ぎるし、来年の夏ってことは今年の2年生世代だから、黄金世代だし」
「でも神奈川の強豪を相手になら、敬遠のせいで負けるっていうのは実現性のある話だと思うよ。それで神奈川の他の強豪校に人が集まる流れを、断ち切れれば甲子園に行く勝機は生まれる」
「私が3年生になって、ようやく成果が出始めるのならそれは遅いんだよ。せめて私が2年生になった時に人が集まらないと」
「それは、カノンという広告効果だけで集まるんじゃないかな。カノンの現役中に、1回は甲子園の舞台に立てるよう尽力するよ」
「……極力、私からの要請には応えてよ。応えなかったら、手遅れになる前に出て行くから」
……あの時は、まさか1年目の秋大で勝ち上がれるとは思って無かったな。2期連続で甲子園出場が出来て、最後の1年を迎えることになるとは想像もしていなかった。
学園長の、実松(じつまつ) 詩音(しおん)。私が湘東学園に来た原因を作った人物であり、私に弱小校から強豪校を作らせるため、わざと野球部を腐らせた伯母だ。
野球部以外に力を入れ続けて、学園内にスポーツジムを建設し、野球部以外の運動部を有名にして野球部を相対的に弱らせる。これは私が初めて前世の知識を使ってお金儲けをした時、便乗してシオ姉も儲けた頃から計画を練ってそう。
シオ姉呼びに関しては私が幼い頃からシオ姉呼びを強要し、その時は実際に若かったからシオ姉と呼んでいたけど、いつの間にか刷り込まれていたから、学園でも2人で会う時にはシオ姉と呼んでしまう。まあ、確実に私より頭がぶっ飛んでいるお方だ。
「半月以上甲子園に行ってたし、1ヵ月振り?とりあえず甲子園の土持って帰って来たけど、要る?」
「欲しい!半分頂戴!
一先ず、お疲れ様。今日はゆっくりしていきなよ。大阪桐正戦での5打席連続敬遠、見てたよ」
「半分は強欲じゃない?……あれで、大阪桐正に行く中学生は格段に減るだろうね。履陰社も選抜のせいで評判は地の底だし、同じ大阪勢だからか銀光大阪も強打者相手に四球が多いってだけで叩かれてる」
「その流れを作ったのは、間違いなくカノンだから誇って良いよ。あと10年は崩せ無さそうだった大阪一強状態は、来年には瓦解する。再来年には、部員の集まらない影響が目で見える形になって表面化するだろうね」
「その恩恵を受けられるのが、湘東学園だと決まったわけじゃないでしょ。まあ、今年以上に来年は人が集まるだろうけど」
甲子園の土を小さなガラスの瓶に入れ、幾つかをシオ姉に渡す。……姪ということで甘やかされてはいたんだけど、そのせいで丸め込まれることも多い。
「そう言えば、元プロの選手が来るって言ってたけど誰が来るの?」
「糸留(いとどめ)さんだよ。名古屋ドレイクス、北海道フライヤーズと移籍して、最後は京神ジャガーズで引退した選手。去年引退した選手だから、カノンでも知ってるでしょ?」
「知ってるも何も、ずっと第一線で活躍した鉄人じゃん!?……2週間弱の臨時コーチとはいえ、いくら積んだの?」
「1本」
「いや、いくらだよ」
わりと行動力もあるし、それに振り回されることも多いけど、私のために色々と手を回していることは確かだ。来週からの合宿、私は参加出来ないのが残念なぐらいだね。
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