第191話 はったり

1回裏、ツーアウトランナー1塁2塁の場面で智賀ちゃんは外角、ボール気味の球をライト線に流す。智賀ちゃんにしては珍しく、引っ張り方向ではない打球だ。今まで単に、流し打ち方向へ打って無かっただけだけど。


ライト線に飛んだ打球は、幸運なことにライン上に落ち、長打となる。向こうの思惑とこちらの思惑が噛み合わなかった結果、出合い頭のラッキーパンチになったわけだけど、先制点のチャンスだ。


「ホーム行けます!」


当然、2塁ランナーの聖ちゃんはホームに還り、1塁ランナーの私もホームへと突っ込む。3塁ランナーコーチに入っているなかやんが腕を回したけど、走者が私だから回したな?


ホームはほとんどアウトのタイミングだけど、こういう時にタッチを躱すのは得意だ。右足を相手の正面に置き、内に滑り込むように見せかけ、右足を軸に反転。外に躱して、滑り込み、相手のミットのタッチを逃れる。そのままホームベースに手を置き、湘東学園は2点の先制に成功した。


ツーアウトランナー2塁となって、バッターは本城さん。まだ追加点は取れるかと思ったけど、相手投手の真鍋さんがストレートとほぼ変わらない球速のスプリットを披露。ここぞという場面で決め球に使いたかったのだろうけど、智賀ちゃんは早いカウントから無理に当てに行こうとするからなぁ……。


初回の攻防が終わって、0対2と湘東学園がリードする展開になった。しかし2回表、先頭バッターの4番に一発を浴び、5番の町原さんを迎える。この町原さんは、横浜高校で唯一の2年生選手だね。5番ライトで起用されているってことは、来年は4番を打ってそう。




(上西(うえにし)先輩が打ったのはスローボールって言ってたけど、今の?揺れて落ちたんだけど、ナックルじゃん)


2回表。ノーアウトランナー無しで打席に立つ町原は、西野の投げたナックルに驚く。ほとんど無回転にならないナックルは、変化する方が稀であり、真ん中に行けば絶好球となってしまう。


それでも梅村が投げさせているのは、横浜高校打線にナックルの意識を植え付けさせたかったからだ。現時点でナックル以外に8球種も持っている西野は、ナックルを敵に警戒させてしまえば他の変化球で簡単に打ち取ることが出来る、と梅村は考える。


一方で西野は、別のことを考えていた。


(ナックルは、数回転でもしたら急激に変化しなくなる。でもそれは、無風の時。逆風時なら、わりと変化している……よーな気がする)


西野の投げるナックルは、多久大光陵の芳田が投げるような、ボールの回転を1/3回転以下にしている魔球では無い。リリースからホームまで、平均で10回転はしてしまう不完全なナックルだ。


しかし決勝の舞台、横浜スタジアムでは浜風が吹く。基本的に投手からは逆風となり、打者にとっては追い風となる横浜スタジアムの浜風は大体の場合でバッターの味方だが、今日は西野の味方だった。


(2球続けて!?っく、当てることは……!)


カウント1-1から2球続けてナックルを投げられた町原は、何とかボールに当てようとし、バットを掠らせる。しかしナックルの変化をし、バットに当たって軌道が変わった球すら、梅村は涼しい顔で捕球をした。


ワンナウトとなり、町原は西野のナックルを警戒すべきだとベンチに伝える。町原自身が投手であることも「西野がナックルを投げている」ということに信憑性を持たせた。以降、横浜高校のバッターはナックルを意識して打席に立ち、西野のカーブやシンカーに打ち取られていく。


次に試合が動いたのは、3回裏だった。




3回裏、1対2で迎えた湘東学園の攻撃は2番の美織先輩から。真鍋さんは立ち上がりが悪かっただけか、聖ちゃんを第2打席は三振に打ち取っている。変化球はスプリットとカーブとシュートを投げて来るけど、それ以上に厄介なのはコントロールかな。


ボール球が、ほとんど来ない。本城さんや智賀ちゃんの時には本当に、ストライクゾーンの枠の部分に投げ込んで来る印象だ。今まで四球が無いから、この先四球狙いで打席に立つのも難しい。


初回に2点を取れて良かったと思えるのは、少し弱気過ぎるかな。横浜高校は、全員が一発のある打線だ。優紀ちゃんは今のところ、上手く躱せているけど、ナックルが普通のスローボールとほとんど変わらないことを見抜かれた時点で実力勝負になってしまう。そうなったら、あと2点は覚悟しないといけない。


せめて上位打線で追加点を取りたいところだけど、美織先輩はファーストフライに倒れる。130キロ前半のストレートだけでも厄介なのに、それを曲げたり落としたり緩急を付けたりするのだから、相当打ち崩すのが難しい投手だね。


続く奈織先輩もライトフライに倒れ、ツーアウト。ランナーは居ないけど、敬遠してくるかなと思ったら、勝負をしてくれるようだ。これはさっきの回で、向こうの上西さんを敬遠しなかったからかな?


1つ上の世代の、間違いなく世代トップクラスに入って来るような投手を相手だ。勝負して来るということは、向こうは勝算もあるのかな。それがもう1球種隠しているのか、何か奇策があるのか分からないけど、せっかく貰ったチャンスだから活かしたいね。

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