第190話 決勝戦
全日本高校選手権大会南神奈川県予選の決勝戦当日。順当に勝ち上がって来た強豪校同士の決勝戦ということで、世間からの注目度は高く、前日の夜は神奈川テレビで特集が組まれるほどだった。
湘東学園 スターティングメンバー
1番 三塁手 木南聖
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 二塁手 鳥本奈織
4番 中堅手 実松奏音
5番 右翼手 江渕智賀
6番 一塁手 本城友樹
7番 左翼手 高谷俊江
8番 捕手 梅村詩野
9番 投手 西野優紀
打順は大きく変わり、今大会で好調が続いている鳥本姉妹を2番3番に並べている。高谷さんは、プレッシャーのかからない7番に置かれた。重圧に潰れるような子じゃないと思うけど、初スタメンが決勝戦で緊張しない1年生など居ないと言われ、その上で1番に置くのは酷だと御影監督からは言われた。
……聖ちゃんも1年生だけど、1番に置くのは酷じゃないんですかね?1年生らしくないし、真凡ちゃんの居ない今、出塁率の高い1番なら聖ちゃんが適任だけどさ。
先発は、当然エースの優紀ちゃん。今年は春の県大会の4回戦で左肩にデッドボールを受け、優紀ちゃんはしばらくの間、野球が出来なかった。その怪我の期間中に合宿があり、ツーシームやワンシームの取得に興味を示したけど、1番大きな変化はとある球を投げられるようになったことだろう。
そして強打で有名な横浜高校は、1回表、上位打線がその新しい変化球に躓く。ただでさえ、球種が多くて狙い球を絞り辛い優紀ちゃんが相手だ。打ち辛さに、磨きがかかっているね。
「ナイスピッチ。横浜高校の上位打線が三者凡退とか、今大会初じゃないかな?」
「え!?そうなの!?」
無事に1回表を抑えた優紀ちゃんに声をかけると、いつもよりテンションが高い。テンションの高さと調子の良さは必ずしも直結しないと言われるけど、優紀ちゃんの場合は直結してそう。
「思ってたよりも優紀ちゃんがノリノリだった。ナックルの方は、使えてるの?」
「……気付ける人は気付けると思うけど、まだ誤魔化せると思う。第二のチェンジアップとしては、優秀だね」
優紀ちゃんが怪我中に取得を目指そうとしたのは、ナックルだ。投手ならたぶん誰もが投げることを夢に見るナックルだけど、優紀ちゃんもその1人だった。しかし当然、多久大光陵の芳田さんのようなナックルを投げることは出来ない。
まずナックルを投げる2つの大きな壁の1つとして、無回転の球を投げないといけないんだけど、これをクリア出来る人は限りなく0に近い。当然、優紀ちゃんはこれをクリアしていない。まだ無回転にはなってなくて、ほとんどブレないし落ちない。
だけど、もう片方の方を優紀ちゃんはクリアしている。ナックルを投げる時の腕の振りと、ストレートの振りを一緒にすること。どんな変化球にも通じることだけど、これが出来ないとナックルを投げる、投げないが打者から丸わかりになってしまい、打たれてしまう。
ちなみにこれ、芳田さんもクリアしてないんだよね。あの人は全球ナックルという頭のおかしな回避方法を採用し、全球ナックルで抑えている。一方で優紀ちゃんのナックルは未完成だけど、未完成なナックル自体が変化球として使える。だから、実戦投入ということだね。
実際、第二のチェンジアップとして使えているようで、初回は横浜高校の打線を三者凡退にしたのだから大したものだと思う。向こうが未完成のナックルに過剰な警戒をしてくれれば、それだけで抑えやすくもなる。その後1回裏になって、横浜高校のマウンドには背番号11の真鍋さんが登った。
「真鍋さんは今大会の3回戦に3イニングだけ投げていて、その時の球速は126キロでした。しかし投球練習で130キロ前後を投げている辺り、データはあって無いようなものですね」
「最速は、133キロぐらいかな。その試合でカーブは投げていたけど、それ以外の球種は不明。嫌な相手だね」
久美ちゃんが真鍋さんの過去を調べてくれていたけど、不明な箇所は多い。横浜高校は昨年が黄金世代と言われるほど強かったから、その陰に隠れていたんだろうけど、あまりにも情報が少なすぎる。とりあえず聖ちゃんが打てるかどうかだけど、完全初見は難しいかな?
そう思っていたら、あっさりと初球で132キロのストレートをセンター前へ弾き返して出塁。続く美織先輩が送りバントを決めたので、初回からチャンスを作ることが出来た。しかし奈織先輩が打ち上げてしまい、ツーアウトランナー2塁となったので当然ながら私は敬遠。
ツーアウトランナー1塁2塁となって、湘東学園のバッターは5番の智賀ちゃん。智賀ちゃんは今大会、苦手なインコースを攻められ続けて本塁打率は落ちたけど、そのインコースのボールを長打にする捌き方を覚えたので、打率はかなり改善されている。
昨年の横浜高校との試合で、1番悔しい思いをしているバッターだし、打って欲しい。そういう思いで智賀ちゃんを見つめると、智賀ちゃんは大きく頷いた、ような気がした。
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