第189話 怪我

横浜高校の勝ちが確定的になった頃、思っていたよりも近くにいた小山先輩と久しぶりに話す。


「久しぶりだな。みんなが元気にしているようで良かったよ」

「お久しぶりです。……小山先輩は、大丈夫なんですか?」

「……あまり、遠出は出来ない感じだ。今日は、去年私達が負けた準決勝だし、何となく球場に来たくなってな」


久しぶりに会った小山先輩は足にギブスを巻いており、松葉杖を使っている。大学に入り、1年生ながらレギュラー争いをしていた小山先輩。しかしついこの前、自転車に乗っている最中に事故に会い、足の骨を折ったらしい。


「大野先輩は、元気にしています?」

「大野は元気だよ。夏合宿に参加して、秋こそ1部リーグへ昇格するぞ、って先輩方と頑張っている。私も、秋までには治して復帰したいな。

ああ、そうだ。伊藤は大丈夫なのか?」

「……決勝には間に合いませんが、甲子園には間に合いそうです」

「大きな怪我じゃ、無いんだな。それなら心配ないか」


小山先輩と大野先輩が進学した大学は東京の大学で、東都リーグの2部に所属している。昔は1部リーグの大学だったけど、不祥事が相次ぎ、近年は弱体化して2部に降格したばかりの大学。そこで頑張っているみたいで、小山先輩は将来的にはサードのスタメンになれそうだと言っている。


「私よりも早く、大野が外野のレギュラーを勝ち取りそうだけどな」

「大野先輩、バッティングは確かに良かったですけど、外野手に転向したんですか?」

「いや、カノンに触発されて二刀流に挑戦中だ。尤も、投手面ではベンチの中継ぎ陣にも負けているから、登板機会は無いがな」


一方で大野先輩は、レフトのレギュラー争いに参戦しており、レギュラーを勝ち取れそうだとか。2部リーグとはいえ、1年生から4年生まで各学年20人ずつ部員がいる大学で、レギュラーを勝ち取るのは凄いことだと思う。


その後は大学生活のことを聞いてみたり、湘東学園が3軍まであることを話したりする。ちなみに、本当は私達と会いたく無かったらしい。だけど私達が近くに来てしまって、離れようにも松葉杖だと目立つから動けなかったとか。


「足を骨折して、最近は少し塞ぎ込んでいたからな。あまり弱った姿は見せたく無かったのが本音だが……カノンは後ろを振り返って、すぐに気付いたな」

「最初はびっくりしましたけどね。いるならいるで、話しかけて欲しかったですよ。……っと、もうそろそろ戻りますけど、小山先輩も頑張って下さい」

「ああ。カノンも決勝戦、去年のリベンジを果たしてくれ。明日は球場まで来れないが、テレビの前で応援しているぞ」


4回裏、横浜高校が3点を追加し、0対12になったところでそろそろ帰るぞという連絡が入ったので、小山先輩と別れてチームに合流。優紀ちゃんや詩野ちゃんに小山先輩と会って近況を話していたと言うと、2人とも小山先輩に会いたがっていた。


何だかんだ言って、男らしくて慕われるタイプの先輩だと思う。面倒見も良かったし、小山先輩と大野先輩が居なかったら今の野球部は無かったことを考えると、2人の存在は大きかった。


帰りの最中に、5回表も無失点で抑えた横浜高校の決勝進出が決まり、決勝戦は湘東学園対横浜高校で確定する。明日までに出来ることは少ないけど、とりあえず真凡ちゃんの代わりにレフトでスタメン起用するのは誰にするか迷うかな。


「光月か高谷か、やな。センターが本職の光月と、レフトが本職の高谷のどちらをレフトのスタメンにするかは迷う。ただ、調子がええのは高谷の方や」

「調子も加味して、レフトとしての実力は高谷さんの方が上で、でもバッティングは光月ちゃんの方が良い。打順も、高谷さんが入るなら1番で起用するけど、光月ちゃんが入るなら1番には聖ちゃんを入れたいかな」


御影監督は高谷さんを使いたいようで、私は光月ちゃんを使いたい。珍しく、御影監督と私の意見が割れた。守備を重視するか、打撃を重視するか。明日の先発は、優紀ちゃん。相手の先発は隠されている2人の投手のどちらかで、実力は分からない。


「……横浜高校って、普段は2年生が3人か4人ぐらい入っているよね?」

「え?うん。毎年そうだけど、今年は1年生を3人も入れてるね」

「夏の大会に1年生をほとんど出さない横浜高校が、3人も入れているのは隠し玉かもしれないよ。大方の予想通り、2年生の世代の育成を後回しにして、1年生の育成をしているだけかもしれないけど」


今までほとんど投げていない真鍋さんと森田さんが、どういう投手なのか。それと気になっていたのが、1年生が3人もベンチ入りしていること。詩野ちゃんは、これが隠し玉の可能性もあると指摘。ただこれは、単純に2年生世代を切り捨てたという意思表示にも見える。


湘東学園が恐らく最強になるであろう、私達が3年生になる時の世代を切り捨て、その下の学年の育成に絞るというやり口は、高校野球だとよくあることだ。将来のエースを育成するため、上級生の投手陣が試合に出られないなんて話はありふれている。


大槻さんの居る和泉大川越とかも、このパターンだったしね。でもまあ、1年生でベンチ入りが出来る辺り、何かを持っていると言う可能性も否めないし、警戒しておくに越したことはないね。

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