第186話 シフト

智賀ちゃんが引っ張った打球は、凄い勢いでフェンスに当たる、はずだった。


「なん、で……」


しかし相手のレフトは速いライナー性の打球に追い付き、スリーアウト。外野後退シフトを敷いていたからだと言えばそれまでだけど、相手のセンターとライトはレフト寄りの位置に就いていた。レフトだけは、外野の中でも特段後ろを守っていた。


智賀ちゃんは引っ張り方向への打球が多い。真凡ちゃんみたいに、守備位置の穴を突くバッティングは出来ない。そして打った球は、私と同じくストレートに見えるシュート。それを打たされたのだから、ホームランにはならない。


滅多に使わない、ほとんど曲がらないシュートはここぞという場面で使っているのだろう。情報共有はしたけど、実際に打席に立って見てみないと分からないような変化だしね。


追加点はならず、湘東学園が2点のリードで前半戦は終わる。グラウンドの整備を挟み、5回表からは私がマウンドへ。センターには、光月ちゃんが入った。


「……カノンって、いつも調子良いみたいに感じてたけど、単純にその時の気分がプレーに影響でないだけ?」

「んー、そうかもしれないけど、それでもその時の気分によって打席内容に変わりは出るんじゃない?」


今日も調子は悪く無く、詩野ちゃんのミットから鳴る音が心地良い。5回表からマウンドに上がった私に対して、横須賀港高校の打線はカットを多用して来た。要するに、スタミナを削りに来たわけだね。


相手投手のスタミナを削る目的でファールを続けるのは、別に禁止されている行為では無い。ただ、完全に打つ気が無いと判断されるとバント扱いでアウトになる。その判断は、完全に審判の匙加減一つだ。


興業として放映権が売り出されている以上、見世物として相応しい勝負と判断されれば、打者が球数を投げさせる目的で立っていても投手は延々と投げることになる。粘られるような球を投げているのが悪いと言われたらそれまでだけど、3イニングもスタミナは持つかな?




この回の先頭バッターである高松は既に2球、ファールで粘っていた。カウントは既に1-2と追い込まれており、次が5球目である。


(カノンが早い回からマウンドに上がっているのは、向こうが焦っているから。変化球は似た軌道のツーシームと縦スラに注意しつつ、ストレートをカットしていけば3イニングでカノンのスタミナを削り切ることは可能、なはずなんだけど……)


5球目でカノンが投げたのは、カノンが2年生になってからあまり投げていなかった強ストレート。打者にとって浮き上がるように見えるストレートに、1球で対応することは難しく、高松はボールにバットを掠らせるだけで精一杯だった。


そして僅かに軌道が変わったところで、ボールを零すことは無い梅村がしっかりとキャッチし、ワンナウト。続く3番バッターは3球で三振に仕留められ、4番の武藤がバッターボックスに入る。


(お?コントロールを無視して強ストレートをストライクゾーンに投げろって凄いサインだな。135キロのストレートがどこに行っても捕れるのは、才能でしか無い)

(ずっと待球のサイン……。粘れば最終回に、チャンスはある?でも向こうはエースの西野さんが投球練習を始めてる。下手すればこれが、高校最後の打席になる)


奏音と武藤はお互いに捕手から、監督からサインを受けとる。梅村は向こうがずっと待球の指示が出ていると読んで、強ストレートでカウントを稼ぎ、縦スラで三振にする算段を付けた。


実際に、待球の指示は出ていた。しかし武藤は真ん中に来た強ストレートを一発で捉え、スタンドへと運んだ。5対6と、点差は1点差に詰まる。




「……どこでも投げて良いとは言ったけど、真ん中へ投げろとは言ってない。武藤の真ん中の打率が8割超えてるの、カノンの頭には入って無かった?」

「全打者のコース別打率は頭に入ってたけど、真ん中へ行ってしまったんだよ。純粋なコントロールミスだし、内に入ったのは不味かった」


5回表。ツーアウトから4番の武藤さんに一発を浴びて、続く5番を打ち取るも、1点差。別に最速138キロの球は、絶対に打たれない球でも無いんだよね。特にさっきの打席、武藤さんから打つ気配は感じられなかったのに、強ストレートを一発でアジャストされた。


コントロールミスはしたけど、外角低めを狙って少し内側に入ったぐらいだし、ど真ん中では無い。あれは素直に、武藤さんを褒めるしかないかな。


5回裏の湘東学園の攻撃は、奈織先輩から。疲れている長谷川さんはコントロールが定まっておらず、ストレートのフォアボール。続く美織先輩もヒットで続き、ノーアウトランナー1塁2塁で詩野ちゃんが送りバントを決めた。


ここで光月ちゃんに打席が回るけど、一塁も空いているし、どうやら敬遠をするみたい。ワンナウト満塁で、高谷さんに打席が回る。1年生の中で、1番貪欲な子でもあるから、このチャンスを活かして欲しいな。

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