第175話 先発と中継ぎ

色々と話し合って、吹っ切れた私は、先発転向の方もきっぱりと断った。先発と中継ぎは、同じように見えて全く違う。全力投球を出来るか否かの差は、非常に大きい。


3回以上も投げようと思ったら投げられるとは思うし、実際に4、5回までは投げられる。しかし4回5回までスタミナを持たせようとするピッチングで、完璧に抑えられるかは怪しい。


そもそも、先発要員には困ってないんだよね。それなら私は、クローザーという立ち位置で良い。6回に入った時点で勝っているなら、100%勝てる投手。そっちの方が、今のカノンには似合っている。どちらにせよ、1人の投手だけでは甲子園を制するのは難しいと思うしね。


1学期の期末試験を終えて迎えた4回戦の相手は、横浜清南総合高校。1回戦から接戦の連続で勝ち上がって来た、勢いのあるチームだけど、打撃陣も投手陣も3回戦で戦った川崎立花には劣る。


「横浜清南総合はエースの榎戸(えのきど)さんが連投ですね。最速は122キロで、今までの投球を見る限りでは持ち球はカーブとシュートだけです」

「こっちは3回戦を完全に休んだ優紀ちゃんが先発だから、それだけでも有利だね。球速は優紀ちゃんと変わらないけど、カーブもシュートも優紀ちゃんの方が上っぽいよ」


今日は久美ちゃんが完全休養日なので、リラックスしながらベンチの1年生達と会話してる。こうしているだけなら、お淑やかな美少女なのになぁ……。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 三塁手 木南聖

4番 中堅手 実松奏音

5番 右翼手 江渕智賀

6番 一塁手 本城友樹

7番 遊撃手 鳥本美織

8番 ニ塁手 鳥本奈織

9番 投手  西野優紀



スタメンは2回戦の時と変わらず、野手はほぼ固定の面子になる。初回、優紀ちゃんの立ち上がりは三振を2つを含む三者凡退だったので、非常に良い立ち上がりだね。


変化量の多いシンカーを本格的に使えるようになってから、優紀ちゃんの奪三振率は上がった気がする。単純に今日の相手は打線が強くないということもあるけど、本当に安定するピッチングをするようになった。


1回裏、湘東学園の攻撃は3回戦でヒットが1本だけだった真凡ちゃんから。最近の真凡ちゃんはマルチヒットが当然だったせいで、解説者にヒットが1本だけだと物足りなく感じてしまったと言われていた。それだけヒットを打っているということだし、出塁率は高い。


その真凡ちゃんが息をするようにヒットを打ち、詩野ちゃんが内野安打で続く。詩野ちゃんはその日その日で当たり外れが激しいけど、調子の悪い時でも無安打にはならないから修正力は凄いと思う。


そして野球部で1番小柄かもしれない聖ちゃんが、前進守備の外野陣の手前にボールを落とし、ノーアウトランナー満塁。……この打順は色んなことを考えたつもりではあったけど、要するに4番のカノンとの勝負になりやすいよう、満塁でカノンの打席に回ってきやすいように工夫しただけだ。


3回戦で私はホームランを打たなかったからか、横浜清南総合のバッテリーは敬遠を選ばなかった。まあ、満塁で敬遠する方がどうかしていると思うけど……思いっきり、榎戸さんのストレートを捉えて、センター方向へと打ち返す。


そのまま打球は、バックスクリーンを超えるホームランとなった。続く智賀ちゃんもフェンス直撃のツーベースヒットと、打線が止まらないかと思ったら、本城さんの痛烈な当たりが二塁ベース上に居たセカンドに捕られ、併殺打となってしまう。


その後にツーアウトから美織先輩がヒットを打つも、8番の奈織先輩の当たりがセカンドの子に捕られてスリーアウト。あのセカンド、打者毎に守備位置を変えていて1人レベルが違う感じがするね?


「向こうのセカンド、守備範囲はひじりんに匹敵するんじゃない?奈織先輩の打球も、普通は一二塁間を抜ける打球よね?」

「そうだね。今まで目立って無かったけど、あの動きは相当なものだと思う。横浜清南総合の守備は全体的に良いイメージだったけど、純粋にあのセカンドが凄いだけかも」


真凡ちゃんが、相手のセカンドの動きを見て聖ちゃんに匹敵するんじゃないかと言ったけど、守備範囲自体は聖ちゃんの方が上かな?単純に、打球が飛ぶ前から移動を始めているから追い付けないような打球でも追い付けるんだ。


この手の動きは、守備に相当な自信が無いと出来ないことだけど……今までしていなかったということは、博打に出た可能性もあるね。結果的に湘東学園の攻撃の勢いを止めたのだから、今のところは正解ということになるのかな。


初回は感心した子も居たみたいだけど、次の回から相手のセカンドは逆に動いたり、ミスが出始める。まあ、初回みたいなプレイを続けられるなら守備だけで有名になってもおかしくないような動きだったし、普段以上の実力を出そうとした結果だね。


2回以降も点を重ね続けた湘東学園が、4回裏までに15点を取り、迎えた最終回の5回表。マウンド上には優紀ちゃんが登り、最後までキッチリと投げ切る。球数は69球と、かなり効率良く投げたんじゃないかな。4回戦は15対0と5回コールド勝ちとなり、湘東学園は南神奈川のベスト8進出を決めた。

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