第176話 シード校

4回戦が終わって、神奈川県は北も南もベスト8が出揃い、夏の県大会はシード校同士の戦いに入って行く。北神奈川の準々決勝では和泉大川越対統光学園の試合や、平塚高校対向中高校などの好カードが続く。この和泉大川越対統光学園は、実質北神奈川県大会の決勝とか言われている試合だね。


大槻さんも友理さんも、甲子園で活躍できるだけのポテンシャルはあるピッチャーだけど、甲子園に行けるのはどちらか1人だけ。和泉大川越よりも統光学園の方が打線は強いけど、両校のエースである大槻さんと友理さんの出来次第かな。


私達の相手は、同じAブロックに入ったシード校の藤沢高校。春の県大会では1番楽な部分から勝ち上がって、4回戦で統光学園に負けている。その時のスコアは、7対1で友理さん相手に1点をもぎ取っているけど、完全な失投をホームランという形だったし、夏の大会は基本的にロースコアゲームだね。


今までの試合内容と、最近の傾向から判断すると、打撃寄りのチームでは無くて守備寄りのチームかな。全体的に守備の動きが良いし、投手もゴロを打たせようとしている。


「大真面目に1000本ノックをこなすような、守備力が売りのチームです。春の地区予選、県大会を通じてエラーした回数は2回で、そのエラーをした2人は夏の大会でベンチ入りもしていません」

「うちにもノックの鬼はいるけど、向こうは5人もいるそうだし、随分と野球に力を入れている高校だね。……そのぐらいしないと、激戦区神奈川で5回戦まで勝ち上がることは出来ないけどさ」

「今大会のエラーが無いのは、素直に凄いわね。……私達は、1試合に1つのペースでエラーをしているからその点では負けているのかしら?」

「3試合でエラー数が3なのは、許容範囲内ではあるよ?去年の夏大前の練習試合とか、1試合でエラーが6とかあったじゃん」


マネージャーの中でも特に相手校の分析が好きな七條さんが、色々と裏の情報まで探って来てくれるのは凄いんだけど何か怖い。御影監督や矢城コーチは他のマネージャ達に手伝って貰いながら、キッチリ相手校の数字を揃えてくれて、相手校の得意不得意や試合中に意識する点を教えてくれる。


だけど、七條さんは相手チームの誰と誰が不仲かまで探る。……バッテリー間の力関係や、投手陣の意識、内野陣の中心選手がどのポジションかというのはわりと大きい情報だから、有り難いことは有り難いんだけどね。


湘東学園が1試合につき1つのエラーをしていることに、今大会はまだエラーをしていない真凡ちゃんが言及しているけど、1試合に1つのペースなら全然許容範囲内かな。エラーは0の方が良いのは言うまでもないけど、守備範囲の限界を超えてボールに触りに行き、結果的にエラーという判定になったのもあるから仕方のない部分もある。


ちなみに今大会のエラー内訳は聖ちゃん1、奈織先輩1、智賀ちゃん1の計3つ。直近の練習試合のエラーのペースからすると、少し多いけど気の緩みから出たエラーでは無いからあまり心配はしていない。むしろ3試合で、エラーの数が0は異常だと思う。


エラーした瞬間にスタメン落ちというのは、私も厳しいと思うしそれがプレッシャーにもなっていると思う。それでも結果を残しているのだから、メンタル面も鍛えられている証拠だね。


「準々決勝の後は、1日の休みを挟んで準決勝と決勝が連闘だから、島谷さんが先発することになるね」

「3回戦での崩れ方は、何か私達の知らない弱点がありそうな気もしますが……準々決勝で島谷さんに先発をさせて、準決勝は私、決勝は優紀さんという順番ですよね?」

「そうなる予定だよ。準決勝と決勝は私が連投したいから、準々決勝では島谷さんと宮守さんのリレーになると思う」


4回戦と準々決勝が連闘で、準決勝と決勝が連闘な以上、投手陣はフル稼働になる。この過密日程を1人のエースが投げ抜くのは、チーム事情がよっぽどな場合だけかな。統光学園や和泉大川越、横浜高校や向中高校などの強豪校も、2番手投手や3番手投手というのは用意している。


……本当に1人のエースの力だけで勝っているのは、日本広しと言えども多久大光陵ぐらいじゃないかな?今年の多久大光陵は芳田さんの最後の夏ということで、西千葉大会の準々決勝まで芳田さんが1人で完封を続けている。打線もそれに答えるように、全試合で5回コールドだ。


開催が前倒しになったのにも関わらず、日程がキツイのは甲子園の出場校が今年は多いせい。64校も出場する以上、甲子園も前倒しで始めないと、日程がパンクしてしまう。そして甲子園も甲子園で連闘になるから、エースの力だけで勝ち抜くチームは最後まで勝つのが難しい。


4回戦は優紀ちゃんが完投してくれたお陰で、かなり余裕はある。それでも決勝で優紀ちゃんを使いたいことを考えると、1年生の力も借りて行きたいね。


特に宮守さんは、大会期間中に新しい変化球に手を出し、カーブを上手く投げられるようになっている。緩急を付けられるようになったし、縦スラにも磨きはかかっているから、そう簡単に打たれるとは思わない。今まで登板機会があまり無かったのも、プラスに作用しそうだから楽しみだ。


……相手の守備が良いというのは、あまり問題にならないような気もするから、得点力はいつも通りだと思うんだよね。島谷さんにとっては、この試合が正念場になるかな。

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