第170話 3回戦

夏の県大会3回戦を迎え、早くも湘東学園の試合は観客席が超満員となった。注目度が高すぎるけど、甲子園の怒号も経験した私達にとってはマイナスにならないね。聖ちゃんは聖ちゃんだし、球場の大半が味方というのは大きい。観客が多いというのはむしろ、川崎立花側が不利になる要素だね。



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 三塁手 木南聖

4番 中堅手 実松奏音

5番 右翼手 江渕智賀

6番 一塁手 本城友樹

7番 遊撃手 鳥本美織

8番 ニ塁手 鳥本奈織

9番 投手  春谷久美



投手以外のスタメンに変更は無く、相手の川崎立花側も予想通りのオーダーだった。川崎立花の先発は三村さんで、今日はジャンケンで負けたから私達の先攻。まだ大会序盤で試合間隔が空いているから、三村さんに2回戦の疲れが残っているようには見えないかな。


初回、真凡ちゃんがショートゴロに倒れてワンナウトランナー無しから詩野ちゃんが粘ってフォアボールを選んだ。ワンナウトランナー1塁で聖ちゃんの打席になるけど、思っていたよりも三村さんのストレートに苦戦をしている。


1-2と追い込まれ、4球目。シュートをカットした所で聖ちゃんは1回タイムを取り、かなりバットを短めに持って素振りする。それを見て川崎立花は即座に前進守備を敷くのだから、守備はかなり仕込まれてるね。


三村さんが力のある投球で凡退を誘うスタイルなので、守備を重視するのは分かる。カウント2-2から6球目、湘東学園はヒットエンドランを仕掛け、聖ちゃんは左方向へ流すもサードゴロとなり、進塁打となった。


「……かなり癖のある球だと思います。特にストレートが、変です」

「変?あのストレート、ブレ球っぽくは無いけど……まあ、勝負になったらよく見ておくよ」


聖ちゃんと一言だけ交わして、私は打席に立つ。ツーアウトランナー2塁という状況なので、ほぼ確実に敬遠を食らうだろうと思ったら、三村さんは私と勝負するみたいだ。


秋の試合、三村さんと私の対戦成績は2打数2安打で内訳はホームランとスリーベースヒット。1打席目はギリギリスタンドへ運べたけど、2打席目はインパクトの瞬間にホームランにはならないと直感した。


初球、ストレートを内側いっぱいに決める三村さんは、絶対に打たせないという強い気持ちを感じ取れた。それと一緒に、聖ちゃんが変だと感じた正体も分かる。


打席に立つと、125キロ前後の球だとは思えないほどに遅い。回転数が少なすぎるからか、ノビも無いし、それが若干シュート気味の回転もしている。


それでいて、あの巨体だ。太ましいけど、それ以上に三村さんは背が高い方だろう。縦投げになったことで、角度のある球にもなっている。体重移動も上手い方だから、投球にはかなりの体重がかかっている感じだね。


普通のストレートを打ち込んで来た人ほど、適応するには時間がかかる癖球になっているのかな。イメージとしては、思っていたよりも遅くて沈むシュート。中学時代に野球をしていなかったのだから、正しいフォームでの投げ方は教わっていないんだろうね。


回転数が少ないから、打者にとっては重く感じる球にもなっているし、思っていた以上に飛ばなくなる。川崎立花の内野陣は、ゴロ処理に特化して上手いし、下手に打たせるとゴロの山になりそう。


カウント1-1から3球目、外角低めのストレートを打ってファールになる。内角に2球続けた後、外角低めに投げ込めるのだからコントロールはかなり良くなってるね。あまりこういう言い方はしたくないけど、汚い回転がかかっているかな。


真凡ちゃんも聖ちゃんもゴロになったのは、ストレートがストレートとは呼べない代物だったからだと思う。癖球との対戦経験自体は聖ちゃんもあるけど、ここまで変なのは珍しいはず。


追い込まれたら、普通の人だとかなり対応が難しいな。聖ちゃんは、バットを短く持って対応しようとしていたっけ。そのことを思い出して、バットを限界まで長く持つ。


1-2となって4球目。内角の腰の高さに来たストレートを私は打ちに行き、バットからはゴンと鈍い音が響く。バットを持つ手は痺れたものの、打球は飛び、左中間のフェンスに当たる。詩野ちゃんはホームに還り、先制のタイムリーツーベースヒットになった。


「ナイスバッティングです。真凡先輩と聖さんが、驚いていましたよ」

「ああ、うん。攻略法とか見つける前に、パワーでどうにかしただけだからね。重いけど、球自体は大したことないよ」


今日は出番が無さそうな高谷さんと少しだけ話した後、プレーが再開されて5番の智賀ちゃんが打球を飛ばすも、センターへのフライに倒れる。これは、ロースコアゲームになりそうだね。初回の攻撃は1点だけで終わり、1回裏の攻撃が始まった。


その初球、久美ちゃんのストレートは128キロをマークする。左投げで130が射程圏内に入っているのは、純粋に凄いことだと思う。今日の久美ちゃんはコントロールがイマイチだけど、ストレートが走ってるし、変化球のキレも悪い状態では無いから何とかなるかな。

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