第148話 新戦力
代表を決める合宿が終わり、次の目標に向けてまた練習の日々が始まる。春季神奈川県大会準決勝の相手は、友理さんのいる統光学園。その統光学園には1年生が出場しており、少し話題にもなっている。
「薮内(やぶうち)さんは、友理さんの高速スライダーに憧れて統光学園に入ったらしいよ」
「へー。友理さんに憧れてかぁ。それなら、薮内さんも高速スライダーを投げれるのかな」
「投げれるっぽいし、投げているみたい。1年の春から登板しているのは、期待されている証拠だね」
名前は、薮内(やぶうち) 恵衣(けい)さん。中学時代の活躍はあまり聞かないけど、1年生で125キロの速球と、高速スライダーを武器に春の大会で順調に経験を積んでいる。
「あれ?統光学園って、去年の夏に友理さんが投げて無いから負けたんだよね?もしかして、方針が変わった?」
「ぽいね。方針が変わって、1年生も実力があれば出すようにしたみたい。春大会に出すのは、早すぎる気もするけどね」
そのことについて優紀ちゃんの身体を洗いながらお話していると、優紀ちゃんは統光学園の方針が変わったことに気付く。去年の夏に、統光学園が甲子園を逃した理由は友理さんをベンチにも入れなかったことだと周囲からも思われている。
部員全体の数が多いから3年生も多いし、1年生をベンチに入れるよりかは3年生をベンチに入れたいのは分かるんだけどね。それで夏大の決勝戦に負けたのは、勿体無いことだったと思う。
だからか、今年から統光学園は風向きが変わった気がする。秋大で湘東学園に当たったからとはいえ、県大会の3回戦負けというのは方針を変えるのに十分な材料だったのかな。
「1年生で125キロかぁ。球速は、本当に才能の差が大きいね」
「……ずっと気になっていたんだけど、優紀ちゃんは自身の才能を認めなよ。高校生で3球種持っているだけでも凄いのに、6球種も持っているんだから」
「……でも、久美ちゃんの方が凄いじゃん。私より防御率良いし、左だし」
そしてまた優紀ちゃんが球速病を発症し始めたので、きちんと言っておく。私は何度だって、優紀ちゃんの才能が久美ちゃんより凄いことを伝え続けるよ。
「去年の試合、練習試合と公式戦の両方を足すと合計で100試合近くしているけど、丁度真ん中で前半と後半と区切った防御率を出したらどうなるか知ってる?」
「え?知らないけど……」
「……前半戦の防御率は、久美ちゃんが2.97だったのに対して優紀ちゃんが5.67だけど、後半戦の防御率は久美ちゃんが3.13だったのに対して優紀ちゃんは3.51だったよ。後半戦は関東大会や甲子園での試合があって、相手が強い都合上、投手陣の防御率は悪くなっているんだけど、優紀ちゃんだけは上がってる」
久美ちゃんは、プロになれるかもしれないような才能を持っている。だけど、プロの1軍でも通用するかは分からない。それに対して、優紀ちゃんは今でこそ久美ちゃんに劣っているけど、将来的な伸びしろは断然ある。
だから私は優紀ちゃんがプロでも通用すると思っているし、それだけ変化球を同じ投げ方で複数投げ分けられるのは凄いことだ。そもそも、現時点で最速121キロというのは決して遅い方じゃない。130キロに届かなくても、125キロを投げられれば十分だ。
……というか私も投手をやってみて、6球種を投げ分けられるのは化け物だと思った。最初期はほとんど変化しなかったけど、今は手元でミートポイントが外れるぐらいには曲がっているし、ゴロを量産出来ている。
「今はゆっくり、怪我を治しなよ。甲子園と春季大会で投げ続けていたし、3週間は大したロスじゃない。いっぱい食べていっぱい寝れば、その分身体も大きくなるし、練習から離れることで分かることもあるよ」
「うん。分かった。……いつも、ありがとね」
優紀ちゃんには焦らずに怪我の治療に専念するよう伝えて、お風呂を上がる。部屋で待っていたのは、同室の聖ちゃん。何だか少し、不機嫌そうだ。
「芳田さんとの1打席勝負で、わざと三振したって本当ですか?」
「何で、そのことについて知っているのかなぁ?久美ちゃんもいることだし、レコーダーとかが鞄に入って無いことは確認したんだけど」
「本城先輩のバッグの方に入れておいたので、電車内での会話は把握済みです。で、何でなんですか?」
その理由は、本城さんと私の電車内の会話を知ったからだった。わざと三振した、というわけでもないんだけど、こういう時の聖ちゃんは鋭いから怖い。
「芳田さんのナックルを、あの場で打たなくても良いと思ったからかな。花を持たせ」
「本音は?」
「……あの球を打ちたくなかったから。もう良いでしょ、この話は」
準決勝は薮内さんが先発の可能性が高いけど、友理さんを出してくれるかもしれない。……友理さんが出て来る可能性は、あまり期待することが出来ないけどね。
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