第147話 代表合宿最終日
台湾代表との第2試合は、大槻さんの独壇場だった。怪我をして以降、あまり投げ込んで無かった大槻さんは、この合宿に参加してからある程度の球数を投げている。それが良い方向に転んだのか、今日の大槻さんは本調子に戻っていると言っても良い。
台湾代表の打線に5回まで投げてパーフェクトピッチングは、ちょっと出来過ぎな気もするけどね。3日前の代表候補同士の試合で、イマイチだった面影は見る影も無い。しかも今日の大槻さんの最速は、まだ136キロ。余力があることを周囲に見せつけて、マウンドを降りた。
6回と7回はU-18日本代表のエース藤波さんがマウンドに上がり、ノーヒットで抑えたため、日本代表は継投でのノーヒットノーランを達成。一方で打線はホームランこそ出なかったものの、4回にはビッグイニングも作って8対0で勝利。台湾との親善試合は2試合とも日本の大勝で終わることになった。
私の今日の成績は、ツーベースヒットが3本と内野安打が1本。今日の台湾の投手は2番手以降、データの無いような投手も多かったし、不意を突かれ続けたのでホームランを打つのは難しかった。マークもされてたしね。
そして迎えた合宿最後の自由時間。芳田さんは約束を守ってくれたので、1対1の1打席勝負を挑む。グラウンドを使うので、当然ギャラリーはわらわらと湧いて来た。
「昨日投げて、今日も投げるのは大丈夫です?」
「そんな柔な鍛え方はしてないし、大丈夫よ。それより、私としては3打席勝負とかでも構わないのだけど、1打席勝負で良いの?」
「……1打席で大丈夫です。我が儘を言ってすいません」
「後輩から、対戦を強請られるのなんて慣れているわよ。私もカノンとの対戦成績が2-1だったから、不服ではあったし、丁度良い機会ね」
いつものようにバットを構え、いつものように打席に入る。すると芳田さんが投げても良いのか聞いて来たので、いつでも大丈夫ですと答える。
初球、芳田さんはナックルを投げて来た。私が空振り三振をした時の、あのナックルだ。急激な変化をするナックルに、Aチームの面々はバットを当てることすら難しかった。
私がある程度の落下を想定してバットを振るけど、結果は空振り。落ち始めを見てからスイングの軌道修正するのは難しいし、落差は想定以上。これで速度が速かったら、誰も打てないどころかキャッチャーも捕れないと思う。
2球目も、当然ナックル。1球目より低い球だから見逃せばボールになる確率も高いけど、審判も居ないし、芳田さんがこういう時に真っ向勝負をする人間だと分かっているから私は振りに行く。
ほぼ真下に落ちて行くナックルに、私はバットを当ててファールにする。とうとうナックルの落差を掴んで、当てられるようになった。タイミングは、バッチリだね。
ナックル自体、ホームランを狙わなければ長打を打てるのは既に関東大会で実践している。あの時は3打席とも外野の頭を超えるような打球になって、3打数2安打だったかな。
0-2と追い込まれて3球目、芳田さんの投げるナックルの変化に合わせて私はバットを差し出すようにスイングをする。しかし途中で、そのスイングは止まった。
「負けました。あのスイングはストライクを取られていたと思いますし、完全に私の負けです。次に対戦できるとしたら、甲子園ですかね?」
「そうだね、次の対戦は甲子園だと思う。
……最後のスイングを止めた理由は、聞いても良い?」
「当たる気がしなかったから、スイングを止めてボールになるのを期待しただけです。……対戦、ありがとうございました」
勝負の3球目は外のボール気味の球だったし、スイングも止めていたからボールで良いと主張する芳田さんに対して、私は入っていたし、スイングもしたからストライクだと主張する。
投手と打者の対決だから、例えボールだったとして続行になってももうスイングをしませんよと言うと、芳田さんは渋々納得して勝ってくれた。ギャラリーの方々も、カノンは完全にスイングをしていたし、芳田さんの勝ちだよと言ってくれたのは大きい。
代表合宿はこれで全日程を終え、岡沢監督や指導してくれたコーチにお礼とお別れの挨拶を言い、私と本城さんは電車で湘東学園の近くまで一緒に帰る。
その道中、本城さんが芳田さんとの勝負について触れて来た。
「あれ、スイング止めて無かったら打てていたよね?何人かは、気付いていたと思うよ」
「当てられたとは思いますけど、ボールになると読んだだけですよ」
「……何か、悩みがあるなら相談に乗るよ?普段は頼りないかもしれないけど、一応僕も先輩なんだし」
「大丈夫ですって。悩み事はまあ、自己解決すると思います」
もしもスイングを止めて無ければ、スイートスポットに当たっていただろうから、ホームラン性の打球になっていた可能性は高い。だけどスイングを止めた以上、たらればの話にしかならない。
……どうして私はあの時、打ったら駄目だと思ったのか。その答えは自分の中である程度出てしまっているのだけど、それを認めるか否かは別問題かな。
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