第146話 適応
親善試合は、両者の友好を深めるための試合だ。無理して大量得点を狙う試合では無い。だからと言って、途中で手を抜く必要もない。1対9と点差が8点差に開いて迎えた最終回。7回表のマウンドには私が立ち、先頭バッターを三振に抑える。
国際試合のボールは、日本のボールより少し大きい。これは大抵の日本の投手にとって、変化球を投げ辛く感じさせるのだけど、私にとっては気にするほどでも無かった。特にツーシームはよく動くし、空振りを誘える変化球になっている。
だからか、森友さんのリードはツーシームが多めになっている。そして森友さんがコースの要求をしていないのは、コントロールを乱している投手が多いからで、私も例外では無かった。思って描いた通りのコースに、あまり投げ込めていない。
「ライト!」
2人目のバッターには浮いたボールを捉えられ、森友さんが指示を叫ぶ。高く上がった打球は、結局ライトへの大飛球で終わる。これでツーアウトになり、バッターボックスには台湾代表の4番が構えた。
その4番は初球、縦のスライダーを引っ掛けてセカンドゴロ。内野陣の守備範囲が広いから、とても楽に投げることが出来る。特にセカンドの赤石さんとか、プロ顔負けの守備力だしね。
試合は1対9で終わり、台湾代表と日本代表の1試合目は日本が勝った。試合終了直後、駄目元で芳田さんにお願いしてみる。
「明日の試合が終わった後、時間はありますか?出来れば最後にもう一回だけ、1打席勝負をしたいんです」
「どこか調子でも、悪いの?1打席勝負の話ならいつでも引き受けるけど、改まって言われるとむず痒いわよ」
この機会を逃すと、芳田さんと勝負出来る機会はほとんどない。芳田さんの率いる多久大光陵は春の県大会で負けているから、関東大会には出て来ない。甲子園で勝負というのは、不確定要素が多すぎる。
「……ありがとうございます。ちょっと調子は良くないので、もう1度だけ勝負しておきたかったんです」
「今日の試合で、4打数4安打1本塁打3打点の活躍をした4番の発言だとは思えないわね。まあ、勝負して調子が上がるなら良いけど、三振して調子が下がっても知らないわよ?」
芳田さんと勝負の約束をした後は、明日の試合のミーティングに参加する。今日の試合について、私以外には色々と小言を言った岡沢監督は、その後に明日の台湾の先発投手について解説を始めた。
明日はDHがある試合なので、本城さんがDHで6番に入る予定。台湾の2番手投手は右の速球派だけど、最速で130キロなので今の日本代表の打線で捉えるのは難しくない。
明日が合宿の最終日なので、明日の夜には戻ることも同室の聖ちゃんに伝えると、夜ご飯は寮で食べるのか聞いて来たので、寮で食べると返信。すると聖ちゃんから「今のやり取り、新婚夫婦みたいでしたよね?」と興奮気味な文章が返って来たので、苦笑いしながらどう受け答えするのが正解なのか少し迷った。
こうしていると、ふと、聖ちゃんが寮に入って来た日のことを思い出す。
「ああっ、お布団、カノン先輩の匂いがします。
えへっ、えへへへへ、ふふっ。同棲……!」
「……私も昨日、入寮したばかりだから臭いとかはしないんじゃない?というか、何で本人のいる前でベッドダイブ出来るの」
「それは愛ですよ!愛!私が湘東学園に入学した最大の理由は、カノン先輩が居たからですし。それに、カノン先輩は私のこういう姿を見てもドン引きしたりしませんよね?」
「……いえ?わりと敬遠したくなって来ましたよ?木南さん」
「ええっ、敬語は止めてー!」
私が久美ちゃんと出会って、色々と久美ちゃんの素性を知って行ってもドン引きしなかった最大の理由は、後輩の聖ちゃんがもっとヤバい奴だったからだ。久美ちゃんは一応、遠慮をしているのか私の許可が出るまで理性を保てるタイプだけど、聖ちゃんに遠慮の二文字は存在しない。
……そして私も、聖ちゃんの行動はある程度許容している。ガールズで2年間、1番仲良くしていた後輩だし、何より聖ちゃんは私の性自認が男性だと知っている唯一の人間だ。
中学時代の私は、着替えで否が応でも目に入る女の子の膨らみかけの胸を目で追ってしまったり、男性向けのソーシャルゲームをしていたりと、結構前世が男だと分かりやすい女だったのかもしれない。ただ、転生なんて流石に分からないから「カノンは性自認が男」という判断に至ったのだと思う。
聖ちゃんがそのことを見抜き、私が肯定した後に、して来た聖ちゃんの告白の回答は保留にしている。プロになるまでは野球一筋で野球に打ち込みたいと、そう回答したはず。
それから聖ちゃんは、わりとオープンな性格になっていった。才能を持ち、私の真似をして努力を積み重ねて来た聖ちゃんは、今では世代トップクラスの打撃力と守備力を持ち合わせている。
来年は、きっと肩を並べて代表メンバーにも選出されていると思う。その時になって彼女がどう思うのかは、個人的に気になるかな。
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