第136話 朝練

4回戦の相手、慶凰大付属藤沢高校との試合に向けて、本格的な練習が始まる。授業が始まって、寮生活にもそろそろ慣れて来た人は多いのか、朝練の参加人数は多くなって来た。


「高谷、ちょっと良い?」

「はい!何ですか?」

「今日から河川敷のグラウンドを使えるようになったから、2軍と3軍はそっちで守備練習をお願い。場所は後で案内するけど、すぐそこだから分かりやすいと思うよ」


1年生が入って来てグラウンドが狭く感じて来たので、新しく堤防の向こう側にある河川敷のグラウンドを2面借りた。これからは実質3面もグラウンドを使えるので、練習場所に困ることは無いと思う。


準備は2軍、後片付けは3軍がすると決めて、ネットを張る際の杭の打ち方やベースを置く位置とかも教えておく。毎日ベースやネット、バットやボールを持って行くのは大変だろうけど、体力作りも兼ねていることを伝えて、毎日運ぶようにも言う。


……朝練は走って素振りして、キャッチボールとトスバッティングをするぐらいなので現在あるグラウンドだけで済むけど、放課後に行なう守備練習とかはそうもいかないからね。将来的には学園の保有するグラウンドを2面に増やすとか伯母が意気込んでいるけど、どこに作るつもりなんだ。


「……し、しぬ」

「吐きそう」

「ペース早すぎ……」


そして3軍の面子に限り、朝練には強制参加で走らせている。突然軍隊式の生活が始まった彼女らは、意外にも脱落者が出ずに頑張っている状態だ。体力試験で落ちた人達は辛そうだけど、なんとか目標の距離を走り切れているし、そのうち慣れるはず。


朝練のトスバッティングは上級生と下級生がペアになって行なっているので、智賀ちゃんや真凡ちゃんもちゃんと指導をしている。1年前、私に言われたことを得意気に話す真凡ちゃんは見ていて微笑ましいし、追い込まれて覚醒しつつある智賀ちゃんは朝練のスイングから鬼気迫るものを感じる。


「カノン先輩、お願いします」

「うい。なかやんはもっとボールをよく見て、内角に来た時と外角に来た時でスイングを変えなよ」

「はい!」


中谷さんは、今のところ智賀ちゃんに1番よく似ている1年生だ。智賀ちゃんの球をテストの時に唯一ホームランにしたバッターだけど、マシン打撃をしている最中にミート力があまりないことが判明した。よくあのテストの時に、ホームランを打てたと思うよ。


ちなみに愛称は「なかやん」になった。苗字が中谷(なかや)だからなかやん。聖ちゃんがひじりんと呼ばれている姿を見て、真似したくなったらしい。


……外野の守備で比較するなら中谷さんは光月ちゃんに迫るものがあるし、本当は試合で使いたいような1年生だけど、外野の枠は空いてないのが辛い。精神的には図太い感じだし、私と本城さんが抜ける準々決勝で使おうかな?


「光月ちゃん、16連打するよ!」

「はいはい」


今日は聖ちゃんと光月ちゃんがトスバッティングのペアを組んでいたけど、私がガールズの時によくしていた高速トスバッティングを行なっていた。続けざまにトスされるボールを打っていく練習だけど、スイングする度に腕と全身がきつくなっていくやつだ。


それを16連続で行ない、交互にトス役をする2人。ハイペースでトスバッティングを繰り返す1年生2人を見て、苦笑いをする2年生組。


この2人だけは他の1年生とは基礎体力も基礎能力も格段に上だから、レギュラー陣と実力差が無いんだよね。だから今のレギュラー陣も尻に火が付いている状態だし、3年生トリオも安心していないことは良い事だと思う。


授業中は、2年になって野球部が固まったので授業中に握力を鍛えている人が多い。野球部以外の運動部にも、授業中の睡眠防止に握力トレーニングというのは広まっているようで、私は音の出ないフィンガートレーナーやハンドグリップを紹介している。


まあ、教師陣への印象はそんなに良くないかな。授業中に寝られるよりか、喋られるよりかはマシという程度だし、成績優秀な人が多いから見逃して貰っている感じ。……私はともかく、詩野ちゃんや久美ちゃん、真凡ちゃん辺りは普通に平均点を超えるから凄いと思うよ。


「和泉大川越、大槻さんが登板せずに負けてしまいましたね」

「もしかしたら、怪我かもしれないという情報だけど……七條さんは何か知らない?」

「何で私に振るんですか……。背中に張りを感じた、みたいなことを言ってたそうです」

「え?マジで怪我なの?」


昼休みは、寮の食堂で昼ご飯を食べる。マネージャーの七條さんが交じって食べているけど、マネージャーも寮の食事は食べて良い事になっているので問題は無い。むしろマネージャーとしての業務をしてくれているんだから、寮の食事は三食とも食べて良いと思う。選手達と比べると、食べる量は半分以下だし。


そして久美ちゃんが話題にした和泉大川越は、初戦の3回戦で春大から姿を消した。大槻さんは登板せず、2年生の速水さんが投げて炎上した模様。和泉大川越打線も食らいついたけど、平塚高校に9対7で負けた。大槻さんに至っては、怪我をしたという情報もある。


……来週から代表合宿だし、その時に大槻さんには色々と聞いておこうかな。

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