第80話 中継ぎ

5回裏、3対3と同点の場面で先頭バッターの優紀ちゃんが出塁をした。ここで打順は、1番の真凡ちゃんに戻る。夏合宿で、速いストレートを打ち分けた特訓の成果が活かされそうかな?


友理さんを下げた理由としては、投げ過ぎていたということもある。4回までで、77球はちょっと多い。あの負担のかかる投げ方で、多くの球数を投げさせるのは危険だ。それに、新開さんも決して悪い投手じゃない。


久美ちゃんより最速で7キロも速いのだから才能は凄いし、本人もよく投げ込んだのだと思う。130キロのストレートは、マシンが投げるのと人が投げるのとでは全然違う。しかしマシンの150キロと人が投げる130キロは、わりと似ている気がする。


初球から打ちに行く真凡ちゃんは、低めのストレートをファールにする。それにしても、真凡ちゃんは本当にあの小振りなフォームで打てるようになったのが凄い。しかも、まだまだ成長途中だ。この試合も、ちゃんと課題を持って試合に望んでくれている。


その後、2球続けてボール球を投げた新開さんは制球に苦しみ始めた。ノーコンと言えるほどコントロールは悪くないけど、狙ったコースに6割ぐらいの確率でしか投げ込めていないと思う。高校1年生の身体で、130キロの速球を内外にコントロールするのはやっぱり難しい。


結局真凡ちゃんは、8球目でフォアボールを選択した。カウント3-1から3球続けてファールで粘って、四球で出塁。ノーアウトランナー1塁2塁となって、詩野ちゃんは送りバントの構えを見せる。御影監督のサインはヒッティングだけど、詩野ちゃんも真凡ちゃんみたいにバスター打法で打つのかな。


カウント2-0から3球目、ストライクゾーンに来た変化球を詩野ちゃんはバスターでライト方向へ引っ張る。ふらっと上がった打球は、1塁線ギリギリのところでライトが捕球してアウト。それと同時に2塁ランナーの優紀ちゃんが走って、3塁を陥れる。ワンナウトランナー1塁3塁で、私か。


もしかしたら勝負できるかもと打席に立つと、初球から随分と遠いボール球。友理さんの高速スライダーを打ったのだから、まあ、そうなるな。




(4番の前で敬遠って、普通だったら4番が舐められている証拠だよね。でも今回は僕が舐められたわけじゃなくて、カノンが凄すぎるから敬遠されるんだ)


ワンナウトランナー満塁という場面で打席に立った本城は、新開の130キロを想定して素振りをしながら打席に向かう。しかし統光学園の監督は、ここで動いた。これ以上新開に投げさせれば、大量失点もあり得ると判断したのだ。


(えっ、代えちゃうんだ。うちの春谷の時は、ノーアウト2塁3塁の場面でも任せたのに)


同じ5回に交代で出て来た左の中継ぎとして、ノーアウトランナー2塁3塁でも続投させられた春谷と、ワンナウトランナー満塁を任せられなかった新開。この試合の分岐点は、5回にあった。


新開に代わって、再び友理がマウンドに登る。僅かな時間ではあったがスタミナの回復を図った友理は本城に対して初球、高速縦スライダーを投げた。しかし本城はそれを見送って、ボールとなる。


(……なるほど。落ち始めが早いから、じっくり見れば対応出来ない球じゃないね。問題はストレートと高速スライダーだけど、僕は高速スライダーの方が厄介だと思うな)


奏音のアドバイスは友理の高速縦スライダーは落ちるタイミングが早いため、見極めやすいというものだった。そして本城の実力であれば、落ちるのを見てからバットを止めても間に合う。


1点も相手に取らさないために初球を振らせたかった統光学園のバッテリーにとって、今の1球は非常に重かった。カウント1-0から2球目、大きな変化のスライダーを投げて、本城は外野へのフライを打つ。2打席目と同じような結果となったが、今回は3塁にランナーがいる。


「ごお!」


3塁ランナーの西野は、外野にフライが飛んだ瞬間にタッチアップの準備をした。そして3塁ランナーコーチとして入っているマネージャの相馬が叫んだ直後、西野は全速力でホームを目指す。


西野がスタートした直後、統光学園の1番でセンターを守る飯田(はんだ)は全力で古谷のミットに目掛けて送球をするが、ホームでのタイミングは微妙だった。審判は一瞬躊躇った後、セーフという判定を降す。


4対3と、湘東学園がこの試合で初めてリードした。キャッチャーの古谷とピッチャーの友理は抗議の声を出そうとして、引っ込めた。高校野球では明らかな誤審でも、判定が覆ることはないからだ。そして1回でも抗議してしまえば、その後の判定が不利になることもある。


ワンナウトランナー満塁がツーアウトランナー1塁3塁と変わって、ここで友理は集中力が切れたのか、次の江渕に対しては力の無いスライダーを投げた。


江渕はここまで2打席連続で変化球を打ち損じているので、変化球を投げれば抑えられる安パイだと判断したのかもしれない。しかし江渕の異常なスイングスピードでは、例えバットの先端に当たったとしてもかなりの速度で打球が飛ぶ。


スライダー打ちの練習を続けていたお陰でバットの先端に当たった打球は、一二塁間を破る。3塁ランナーの伊藤がホームに帰り、5対3と湘東学園は2点差にリードを広げた。

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