第81話 新変化球

5回裏は友理さんに代わって出て来た2年生投手によって久美ちゃんがショートゴロに倒れ、スリーアウトとなった。そして6回表のマウンドには、私が登る。久美ちゃんに続投させても良かったのだけど、ここで新しい変化球を実戦運用したいという意図もある。


6回表の統光学園の先頭バッターは、4番の広沢さんから。ここから統光学園は右バッターが続くし、やっぱりこの継投で良かったのかもしれない。


初球、広沢さんのひざ元にツーシームを投げ、広沢さんはファールにする。たぶん128キロは出ていると思うけど、カットするぐらいなら余裕なのかな。


2球目が外角の低めにストレートを投げてストライク。球場が騒めいたけど、133キロが出たからだと思う。広沢さんがバットをさらに短く持ったので、ここで決めにかかるべきだ。


そう思ったら詩野ちゃんが私の意図を汲み取ったのか、縦スラを要求してくれる。私の縦スラは変化量こそ友理さんに負けるけど、フォームと落ち始めにはこだわって練習した。


縫い目に沿って持って、リリース直前、ボールを抜くような感覚で真ん中へ投げ込む。後がない広沢さんは打とうとして、空振り。緩急もあるから、バッターにとっては打ち辛そうかな。


次はレフトに下がった5番の友理さんが打席に立ったけど、若干目が赤い。もう既に、一回泣いたのかな。そんな友理さんに対しても、全力投球は崩さない。低めに集めて、ゴロを打たせる。


「ナイスピッチング。今日の出来なら、打たれる気がしないね」

「最終回は下位打線だしね。油断はしないけど、全力で投げ切るよ」


6回表の統光学園の攻撃は、4番から始まる打順だったけど3人で終わらせることが出来た。詩野ちゃんが珍しく上機嫌だけど、今日の試合は詩野ちゃんの活躍もかなり多かった。その裏の攻撃で、湘東学園の下位打線が三者凡退してしまったけど、残る1回をキッチリと抑えられれば、統光学園に勝てる。




(嫌!私で終わりたくない!)


7回表、最終回の統光学園の攻撃は7番からの打順だった。しかし連続で三振という結果に終わり、ツーアウトランナー無しになって9番の池田を迎える。


ここまで湘東学園は6安打で5得点。一方の統光学園は、8安打で3得点。残塁の数の差が、勝負強さの差が、明確に表れていた。


ラストバッターになりたくない一心で、池田は粘り続ける。ツーストライクと奏音が追い込んでから、これで8球目になろうとしていた。


(……カノンのスタミナが切れた状態で上位に回したくないし、これしかないかな)


梅村は粘り続ける池田の様子を見た後、カーブを要求した。練習中の球であり、奏音はまだストレートと同じフォームで投げることが出来ない。


しかし1球限りであれば、見破られないと梅村は判断した。奏音は梅村の要求通りにカーブを投げ、池田はそれに合わせるだけのバッティングを行なう。前に飛んでしまった打球はセカンド正面に飛び、奈織が捕球した。その後、奈織はファーストの本城へと送球する。


池田はヘッドスライディングを行なうが、判定はアウト。5対3で湘東学園は統光学園を降して、4回戦へと駒を進めた。


「投手力も打撃力も、守備力すらも向こうの方が上じゃったな」

「それでも勝てる可能性は0ではありませんし、彼女達は勝ちました。一試合毎に、成長していますよ」

「うむ。特に、公式戦に慣れ始めたんは大きいわ。

……相馬、水澤。整列やぞ」

「あ、はい!

ほら千代ちゃん、行くよ」


まだ練習中であるカーブを要求した梅村と、要求通りに投げた奏音を見て、御影監督はチームが公式戦に慣れ始めたことを言及する。本城以外のメンバーは夏の県大会でベスト4まで戦い抜いている上、本城も1年の時から試合には出ている。


一方で、統光学園は夏の大会に出ていたメンバーがほとんどいない状態だった。これは部員数が多い高校だと珍しいことでは無く、再来年のために一年生を多く起用したことも試合に影響した。


学園に戻った彼女達は、次の対戦相手である向中高校のデータの再確認を行なう。3回戦の翌日に4回戦を行なうが、4回戦で先発を務めるのは今日の試合で投げていない江渕となった。




学園に戻ったら、向中高校が3回戦を11対0で勝ったという情報が入って来る。そして明日の先発は久美ちゃんかなと思ったら、御影監督は智賀ちゃんを指名した。


……特に向中高校は強打の高校として名を上げているので、この采配には素直に疑問をぶつける。


「明日は久美ちゃんが先発するから、今日の試合は5回だけの登板だと思いましたが、智賀ちゃんを先発させる理由は何ですか?」

「江渕はオープナーや。3回からは春谷に投げさす。場合によっては2回からかもしれんがな」

「上位打線を1回だけ、抑える力も無いと思いますよ」

「それならそれでええ。どっちでも打たれるなら、まだ江渕を投げさす方がええと判断したんや」


向中高校は、速球に強い。県内最速で有名だった渡辺さんが打撃投手をし続けた結果、元々強打の高校だったのに更に打線が良くなっている。そして速球に慣れているからと言って、遅い投手を打てないわけじゃない。


まあ、監督は久美ちゃんより智賀ちゃんを先発させた方が良い理由を見つけたのかな。智賀ちゃんが久美ちゃんに勝っている部分としてはリリースポイントの高さと……球質の重さぐらいか。その重さも、速度差を考慮すれば無いに等しいけど。


向中高校のエースは球速が速いことは速いけど、統光学園の左右のエースと比べると打ちやすそうに思える。これは、次の試合は乱打戦になりそうかな。

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