第70話 次の相手は

抽選会の2日後、秋季神奈川県大会の1回戦を相馬さんや水澤さんと一緒に観戦しに行く。秋の県大会は学校のグラウンドで行なうこともあるけど、今回は球場の方だ。川崎市立立花高校と厚木清陵高校の試合は、厚木清陵が先攻のようで、川崎立花のエースが今は練習投球をしている。


「1回戦でも、結構な数の人が見に来ますね」

「地区予選よりかは、注目度も高いしね」


病弱マネージャーの水澤さんと話しをしながら、バックネット裏まで移動する。先に来ていた相馬さんは、もうビデオカメラを設置してくれていた。覗き込むと、ちゃんと投手と打者をセットで撮れている。これなら、任せても大丈夫だったかな。


……しかし2人とも、身体が細いから残暑が厳しいこの季節は見ていて不安になる。相馬さんはまだ元気そうな子だから良いけど、水澤さんは表情が暗い子で一層貧相に見えるから心配だ。9月といっても、まだまだ気温は30℃を超える。熱中症対策も、ちゃんとしないと。


「どういう風に、メモを取れば良いのでしょうか?」

「んー、箇条書きでも有り難いから、箇条書きで良いよ。久美ちゃんは箇条書きだったしね。

例えば川崎立花のエースだと、最速120キロ前後、カーブが大きく曲がる、カットボールを打ち損じやすい、クイックが苦手そう、牽制もそこまで上手くない、とか」

「あれで、牽制が苦手なんですか?」

「投げるまでにもたついているから、苦手だね。あ、そうだ。スマホのストップウォッチ、出しておいて」


相馬さんがメモの取り方について聞いて来たから、好きに書いて良いよと伝えておく。今回は相馬さんが投手を、水澤さんが野手を、という風に作業を分担させた。私は私で、スコアを付ける作業をする。将来的には、1人で全部の作業をこなせるようになって欲しいかな。


ストップウォッチを持って来ていなかったので、スマホのストップウォッチ機能を使って川崎立花のエースのクイックの時間を計る。高校野球だと投球モーションは、1.3秒を切れば早い方だ。プロだと、1秒を切る投手もいる。


大体、クイックが得意な投手というのは1.25秒を切るぐらいかな。一方で川崎立花のエースは1塁にランナーが居ても1.5秒ぐらいかかっているので、足の速いチームなら走り放題だ。


「あ、走られた」

「0.2秒遅いというのは、致命的なのですか?」

「モーションだけで差がつくから、わりと致命的だね。牽制が苦手そうなのも、走られやすい一因かな」


初回から相手の投手の弱点を突いて、どんどん走る厚木清陵は、1回表の攻撃だけで4点を獲得した。これは厚木清陵がかなり優勢な試合展開になるだろうなと思ったら、裏の攻撃で川崎立花の4番がスリーランホームランを打つ。


「これは打撃戦になりそうだね。両校の投手がそこまで良い投手じゃないのに、打線が良いから点の取り合いだ」

「見ていて、面白い試合です。点を取ったら取り返せ!みたいな試合で」

「水澤さんは、バッターのメモを取れてる?」

「はい。バッターのメモと、守備のメモもしています」

「うん、ありがとうね。守備は雑感でも良いし、バッターはスイングがどんな感じかを書いてくれれば嬉しいかな」


水澤さんの様子も確認しながら、試合を見守る。2回はお互いに2点ずつを追加して、6対5になった3回表。川崎立花は1アウトランナー1塁から1年生投手を出して来た。たぶん、隠しておきたかった手札の1枚だと思う。これまでに、この1年生投手が投げた形跡はない。


1年生の、三村(みむら)さんか。名前は聞いたことが無いけど、太っていて貫禄のある球を投げている。でも、太っているわりにはモーションがかなり早い。


ストレートの球速もエースより2、3キロは速いし、球質が重そうだ。試合が再開されて、また厚木清陵が盗塁を仕掛けたと思ったら、今度は刺される。今まで厚木清陵の盗塁攻勢が決まっていたのは、キャッチャーの肩が弱肩だったからじゃないということが証明された。


これで2アウトになったので、流れが変わりそうだと思ったら三村さんはその後、3連打を浴びて1点を失った。2アウトから、4人目でようやく3アウトとなる。本当に試合展開が読めない試合だ。総合力では、厚木清陵の方が上だと思っていたけど……。


3回裏、川崎立花は打者一巡して6点をもぎ取る。試合は一気にひっくり返され、7対11となった。途中、厚木清陵も投手を良い方に変えたけど、手遅れだったかな。


彼ら視点、1回戦に勝ったら次が湘東学園で、湘東学園に勝ったら次が統光学園というボスラッシュだ。なるべく手札は温存しておきたかったのだと思うけど、試合に勝てなければ次は無い。結局試合は8対15で、川崎立花が6回コールド勝ちをした。あの三村さんが、次の試合では先発で出て来ると思った方が良いかな。


「あの……三村さんのクイックは平均で1.21秒でした。これって、速いですよね?見かけによらず、バント処理や牽制も上手かったです」

「速いね。1.21秒なら、クイックが得意と言っても良いよ。

それに三村さんは打撃も凄かったから、あの10番がチームの中心選手かもね」

「三村さんが打った球は、3打席ともストレートでした。変化球には、あまり手を出してません」

「お。ちゃんと情報も、得られてるじゃん。あえて変化球に手を出さなかった可能性もあるけど、変化球が苦手なのかもね」


1回戦で偵察した情報は、ミーティングで共有し合う。2回戦が明日だから対川崎立花の練習というのは難しいけど、頭に入れておいた方が良い情報は多かった。明日の試合は、優紀ちゃんが勢いのある川崎立花の打線を、どれだけ抑えられるかにかかっている。


打者のデータは、これから詩野ちゃんと一緒に解析しようかな。2回戦に向けて、出来ることはやっておきたい。

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