第71話 秋季県大会初戦

高校野球において、先に進むために選手を温存することはよくあることだ。だけど実質9人の私達が何かを隠すということは出来ない。3回戦までは日数があるので優紀ちゃんが先発するし、私も抑えで投げる予定だ。


じゃんけんの結果、負けてしまったので今日は先攻になった。相手の先発は予想通り、背番号10番の三村さん。MAXは123キロぐらいで、久美ちゃんと同じぐらいかな。変化球はツーシームとシュートを投げているっぽいけど、投球のほとんどがストレートという力押しタイプの投手。


パーセンテージにすると、90%近くがストレートだった。それだけ直球に自信があるということだし、変化球は打ちやすそうだからストレート一本なのかな?



湘東学園 スターティングメンバー


1番 左翼手 伊藤真凡

2番 捕手  梅村詩野

3番 三塁手 実松奏音

4番 一塁手 本城友樹

5番 右翼手 江渕智賀

6番 中堅手 春谷久美

7番 二塁手 鳥本奈織

8番 遊撃手 鳥本美織

9番 投手  西野優紀



今日のスターティングメンバーは、たぶんこれからの湘東学園のスタンダードな守備位置、打順になる。今日の試合はいつ三村さんを打ち崩せるかと、優紀ちゃんが捕まらないかにかかっているかな。


1回表、先頭バッターの真凡ちゃんがセカンドゴロに倒れると、続く詩野ちゃんはファーストフライ。まあ、いつもいつも1番2番が出塁するわけでは無い。ツーアウトランナー無しになって、私の打席だ。


今日からベンチにいる御影新監督の方を見ると、自由に打てというサインが出る。この監督、ちゃんと一球ごとにベンチを見ろと言うわりにはサインをほとんど出さない。出すサインのほとんどがダミーサインだし、サインが盗まれる可能性は少なそうだ。


「……思っていた以上に、重かった。全球ストレートだったから、次はストレート狙う」

「了解。コントロールは良さそうだし、厄介だね」


一言だけ詩野ちゃんと言葉を交わして、打席に向かう。ツーアウトランナー無しで、初回ならわりと勝負してくれる可能性も高い。そう期待して打席に立つと、勝負してくれるみたいなので重そうな球質に対応するため、バットをギュッと握る。


結局のところ、球質が重い投手は球の回転数が少なかったり、角度がある投球をしたりするけど、三村さんの場合は綺麗なストレートじゃないのだと思う。見た目のイメージによるプラシーボ効果もあるけど、1回戦を見た結果、単に芯を外しやすいストレートという可能性が高い。


初球は、来るだろうと予想していた外角のストレートを流してライトスタンドまで運ぶ。確かに芯で捉えたはずなのに、少し手が痺れた。……やっぱり、重い球の論理的な説明というのは難しいな。初速と終速の差が少ないから、思っていたよりも重いのかもしれない。


「不思議なぐらいに重い球だったから、強く振った方が良いですよ」

「りょーかい。僕もホームラン、狙っていくね」


続く本城さんもライト前ヒットを打って続くけど、智賀ちゃんはツーシームを引っ掛けてサードライナーとなり、スリーアウト。試合は1対0で、川崎立花の攻撃に移る。


1回裏を迎えると、先発の優紀ちゃんは5球種あることを活かしたピッチングで、サクッと2人を内野ゴロに凡退させる。そして3番には昨日、3安打した三村さんが打席に立った。投打で活躍できる1年生とか、今後も川崎立花は警戒した方が良さそうだ。結果は優紀ちゃんのスライダーに連続して空振りして、フォークで仕留められたけど。


三球三振で、相手の調子を崩せたなら最高の結果になる。変化球は、純粋に苦手っぽいかな。


2回表は6番の久美ちゃんが三振に倒れるも、7番8番の鳥本姉妹がヒットとフォアボールで出塁した。2人は本当に、頼れる先輩になってきた。未だに背番号を入れ替えられたら、素で間違えるけど。というか試合前にそれで揶揄われた。力の抜き方を、よく知っている先輩達だ。


優紀ちゃんが無事に送りバントを決めたので、ツーアウト2塁3塁でバッターボックスには真凡ちゃんが立つ。早くも、試合のターニングポイントかな。


初球、低めのストレートをファールにした真凡ちゃんは、案の定手が痺れてそうだ。ここで今まで特にサインも出して無かった御影監督が、バントのサインを出した。ツーアウトだから、セーフティスクイズをしろということである。


幸い真凡ちゃんは驚かなかったから、相手が察知しなかったら成功する可能性はあるかな。2球目、低めに外された球を、真凡ちゃんはバントのように打ってサード方向に転がす。


三村さんはバント処理が上手いのだけど、今回は相手のサードに一瞬譲ろうとして、迷ってしまった。その間に3塁ランナーはホームインして、真凡ちゃんもセーフになる。ツーアウト1塁3塁で、バッター詩野ちゃんという状況はかなり得点の期待ができる。


私がネクストバッターズサークルに向かおうとしたら、その時にはもう詩野ちゃんに待球の指示を出す御影監督。流石に次は私だから、詩野ちゃんがフォアボールで出塁することはない。そんなことを考えていたら、見事にフルカウントから6球目で四球になって、ツーアウト満塁になる。


……これは、私が打てばもう勝負が決まる場面だ。まだ2点差で終われる可能性も向こうには残っているけど、6点差になる可能性もある。三村さんはピンチの時ほど球のノビも良いから、しっかりと振り抜いて打とう。

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