第40話 小細工

6回表の東洋大相模の攻撃は、前の打席でホームランを打った4番の山田さんから始まる。当然、敬遠気味に投げるという選択肢になるけど、一応詩野ちゃんは座っていたし、バットを届かせようと思えば届く距離にボール球を投げていた。


ノーアウトのランナーを出して、5番はキャッチャーの新田さん。長打力が持ち味で、ここまでの成績は1打席目が四球、2打席目がライト前ヒットになる。


さっきのチャンスで詩野ちゃんが三球三振して、流れが変わった気がする。新田さんに長打を打たれれば、この回で逆転はあり得てしまう。そう思った直後、右中間へ鋭い打球が飛んで来た。流石にこれは飛び込んで取れないので、ヒットになってしまう。


ほぼ直線距離の移動を行なった私は、転々と転がる打球を捕球した後、即座に2塁へ全力で投げる。2塁を狙った新田さんはアウトになってワンナウト。しかし足の速い山田さんはその間にホームを狙ってセーフとなり、とうとう同点となった。


ここで、矢城監督が投手の交代を告げる。センターに久美ちゃんを下げて、マウンドには私が立つことになった。


「追い付かれる前に交代したかったのですが……力足らずで申し訳ありません」

「いや、久美ちゃんは本気になった東洋大相模打線を相手に良く投げたよ。3回1/3を投げて被安打4、失点4は立派だから」

「はは……そうですかね。後は、お任せします」


ボールを受け取る際に、久美ちゃんに謝られたので宥める。強豪校を相手に、初登板の久美ちゃんは本当に良く投げたと思う。後はお任せしますと言われたので、気を引き締めよう。何球か投げた後、詩野ちゃんと軽くサインの確認。


「雨でも問題無いみたいだし、この回と次の回は、全力でお願い」

「……うん。気落ちする必要は、詩野ちゃんには無いからね?

完璧を求めようとしても無理だから、失敗は失敗で受け止めなよ」

「……私、そんなにおかしかった?」

「自覚はあったの?それなら、何も言わないけど」


サイン確認ついでに、詩野ちゃんの状態も確認したけど自覚はしていたみたいだ。詩野ちゃんはたぶん、本気で勝ちに行くために完璧を目指していた。普段通りの力じゃ勝てないと考えて、無理をしていたのだと思う。


自覚もあるようなので、そこまで深刻に考えなくても良かったかもしれない。まあ、反省会は試合が終わってからだ。まだ試合は続いているし、目の前の相手に集中しないと。


ワンナウトランナー無しだから、比較的楽に投げられる。ストレートとツーシームしか投げれ無いし、一発を貰ったら嘆くしかないけど、詩野ちゃんのリードを信じて投げよう。


……向こうのベンチが騒がしいけど、私が投げるというデータは持って無かったのかな。一応、練習試合で何回か投げているけど、そこまでのデータは回収出来て無かったか。


初球、ワインドアップで投げたストレートは内角高めいっぱいに決まる。6番バッターは、完全に振り遅れていた。直後、東洋大相模の監督は代打を出す。背番号は16番だから3年生では無くて、2年生の内野手だったかな。


3年生で打撃も守備も良い人を下げての代打だから、何かあると思っておこう。左打ちだし、体格は良さそうだ。この人に対しては初球となる2球目は、ツーシームか。出合い頭のホームランだけは避けたいし、サインには素直に頷く。




(うぇ、実松さんって128キロも出るの?宇宙人や野球星人ってあだ名がもはや、本当の意味としか思えないよ)


初球のストレートに対し、完全に振り遅れていたレギュラーを下げ、東洋大相模の監督は背番号16、2年生の村中(むらなか)を代打に出す。ストレートにめっぽう強く、特に右投げの速球派を得意としている村中は代打の切り札でもあった。来年度は、東洋大相模の中軸を狙える存在だ。


その村中は、2球目のツーシームに空振りをする。随分と、落ちるツーシームだったからだ。その落差がありながら、バックスクリーンに出た128キロという数字に村中は絶望する。元々、先輩達を退けての代打だった。アピールするチャンスだと考えて打席に立ったが、まだ公式戦の経験が少ない村中にとってはかなりの重荷にもなっている。


(はっやいし、芯じゃ無かったら手が痛そう。コントロールは、ありそうかな?)


3球目、低めのボール球を見逃しながら、村中は冷静に奏音を分析する。打席に立ち、異様に球を速く感じた村中は、バットを短く持った。そして4球目、内角へ投げられたストレートをバットに当てる。当てに行くバッティングだったため、打球はほとんど跳ね返らない。


(うわ、根っこだ。手が痛い!)


バットの内側に当たり、どん詰まった打球を奏音が処理する。しかし全力疾走した村中は間に合い、セーフとなった。記録は、ピッチャーへの内野安打となった。


(あれ、間に合った?何で実松さんは、投げなかったんだろう?

……そっか。実松さんはピッチャーに慣れてないから、マウンドでのフィールディングがイマイチなんだ)


村中は、奏音の弱点を発見したと喜び、情報を1塁ランナーコーチへ伝える。即座にその1塁ランナーコーチはベンチメンバーと交代し、奏音の球種やマウンドでの守備の件を監督へ報告した。

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