第41話 作為的

「……真面目にやれば、アウトに出来たよね?」

「いや、あのバッターの初速を見て無理だって判断したから最高速で処理しなかっただけだよ。

左打ちで、しかもあそこまで速いとアウトにはならないね」

「マウンドでの守備が、下手くそだって誤認させる気?」

「そうだよ。誤認してくれたら、アウト1つ分は稼げそうだと思って」


ワンナウトから、村中さんに内野安打を許す。全力で処理しても間に合わなかったから、あえて動きをゆっくりにした。わざと下手な守備をするというのは得意じゃないので、見破られたらそれまでだけど、どうせ投げてもセーフだったと私は直感的に判断した。


……打球が完全に死んだので、マウンド上からボールまでは距離があった。詩野ちゃんもたぶん、ギリギリのタイミングだったことは把握しているはず。緩急を使えない投手は、常に一発の危険が付き纏う。強豪校が相手なら、小細工の1つや2つ、しておいた方が良いはず。


とりあえずランナーの足を警戒して、クイックでお願いと言われたので、短いモーションで詩野ちゃんへ投げ込む。7番には代打を送らなかったけど、8番には代打を出す雰囲気だ。どちらも、次の1点は欲しい。


7番は読み通りバントをして来たので、バックスピンを強烈にかけるストレートで打ち上げさせる。これなら、マウンドでの守備が下手でも捕球出来て違和感は無い。


ふらっと上がった打球を私自身がキャッチし、これでツーアウトランナー1塁となる。バントが失敗したからか、東洋大相模は8番に代打を送らなかった。


流石に、この状況で盗塁まではして来ないか。そう思いながら8番に対して初球、ストレートを投げようとしたら村中さんが走って来た。なので、出来る限りモーションを早める。高めに外して、詩野ちゃんが刺しやすくもする。


結果はギリギリのタイミングだったけど、アウトだった。私は気配で背中側にいる1塁ランナーが走ったか否か、分かってしまうので練習試合でも盗塁をされたことは無い。詩野ちゃんの強肩も炸裂し、今回は逸れなかったので刺せたのだろう。このアウトは、非常に大きい。


これで6回表、東洋大相模の攻撃は1点止まりで終わった。次の回も投げるのだけど、その前に私はこの回の先頭バッターだ。打席に立とうと素振りを開始すると、雨の勢いが酷くなる。さっき中断した時よりも、雨粒が大きい。


土砂降りの雨だと言っても過言では無い。ここで2回目の中断が入り、お互いは願った。試合が続行することを。


試合が中止になれば雨天コールド勝ちとなる湘東学園と、追い付いたのに負けとなる東洋大相模。流石にこの状況で、試合中止の判断は審判団も難しい。


「そっか。試合が雨で中止になれば、少なくとも私達が負けることは無いのよね?」

「そういうことになるね。この回で中止なら私達の勝ちだし、次の回に点を取られた状態で中止になっても、引き分けにはなる。だから、雨で試合中止になったら負けは無い。もっとも、審判たちも中止にする気が無さそうだから難しいだろうね」

「こんな状況で雨天コールド勝ちとか、後味が悪すぎるわよ」


中断が長引きそうだったので、グラブトスで真凡ちゃんとキャッチボールをする。雨天コールドに対する意見は様々だけど、追い付かれたのに試合中止で勝ちというのは心底嫌だ。


……でも、前例がないわけではない。表の攻撃で逆転したのに、裏の攻撃の途中で試合が中止され、前の回まで勝っていた後攻のチームが勝つ。そんなことは現実で起こり得る出来事だし、何回かあったはず。気持ち的には納得が出来ないパターンだし、賛否両論の意見が飛び交うのも当たり前だ。


幸い、土砂降りは長く続かなかったので試合再開となる。そしてマウンドに上がったのは、2年生投手である左腕の石川(いしかわ)さんだ。


「交代?前の回で小鳥遊さんは派手に転んでいたし、中止になってから痛み出したのかな」

「あれ、打てそう?」

「勝負してくれるかは分からないけど……打てそうな球ではあるよ。先輩達も、左投げは好物だから点は取れるんじゃないかな?」


前の回の守備の時に小鳥遊さんは転んでいたし、球数的にも妥当な交代だとは感じた。だけど、もう1人の3年生投手を差し置いて2年生投手に投げさせるのは少し意外だった。左打者が少ない打線で、これから右打者が続くのに右投げでは無く左投げの投手を投げさせる意味とは何だろう。


石川さんは左腕で125キロの速球を投げられるし、変化球はスライダーとシュートに加えて、決め球としてスクリューも持っている。他校なら間違いなくエースだし、来年は東洋大相模のエース番号を背負う可能性が最も高い女だ。


試合が再開されて、私は敬遠で塁に出る。何球か、バットには届きそうだったけど無理して打つ必要性も感じなかった。左のスリークォーターで、比較的綺麗な投げ方だし隙は無い。盗塁は、難しそうかな。


盗塁は無理ですと伝えたら、続く美織先輩はきっちりと送りバントを決めて、ワンナウトランナー2塁の状況を作り出す。このチャンスは、奈織先輩と小山先輩に託すしかない。


しかし、奈織先輩はセカンドゴロに倒れた。進塁打にはなったけど、ツーアウトランナー3塁。さっきの打席でタイムリーを打った小山先輩に賭けるしかなくなったのだけど、小山先輩は敬遠気味に勝負を避けられる。


……ツーアウトランナー1塁3塁で、バッターボックスには今日3三振の智賀ちゃんを迎える。智賀ちゃんの顔が真っ青なので、タイムを取って駆け寄った。

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