第39話 泥仕合
5回表の攻撃で、ワンナウトから出塁した赤木さんが三盗を決行。久美ちゃんも警戒していたはずだけど、相手の足が速すぎてセーフになってしまった。詩野ちゃんの送球が、逸れたからでもある。……詩野ちゃんのハイテンションと言うか、調子がおかしいのは外から言うよりも自覚させた方が良い類のものだから、早く気付いて欲しいな。
僅か2球でピンチになってしまった上、あの足だと浅い外野フライでもセーフになってしまう。そのことを察しているのか、詩野ちゃんは外野前進シフトを敷かない。ワンナウトランナー3塁、カウント1-1からの3球目、久美ちゃんの投げたドロップカーブを川中さんは上手く引っ張ってライトへと運んだ。
「智賀ちゃん、全力で投げて良いからね!」
「はい!」
ほぼライト定位置にいた智賀ちゃんは、しっかりと捕球してバックホームを行なう。落下地点からは少し下がって、前進しながら捕球しているので助走は十分だ。練習試合ではピッチャーも経験して、多少はコントロールがマシになった智賀ちゃんは、全力で詩野ちゃんへ向かって投げ込む。
教えた通りワンバウンドして詩野ちゃんに届いた智賀ちゃんの送球は、それでも赤木さんをアウトには出来なかった。1点を返されて、2アウトランナー無しになる。
……一応、最悪のケースは免れたかな。続く3番に対して久美ちゃんはフォークを多投し、何とか5回表の攻撃を切り抜けた。試合は3対4で、まだ湘東学園が勝っている。
ここで、プレーは一旦中断となる。雨の勢いが増したからだ。5回終了時点で雨天コールドは成立するから、ぶっちゃけてしまえばここで終わってくれても良い。向こうのベンチは必死に祈っているけど、私達も勝ちたいという意思は同じだ。
「ねえ、1つ聞いても良い?ルールの確認なんだけど……」
「雨天コールドについて?」
「ええ。5回終了時点で雨天コールドは成立するから、このまま中断してしまえば私達の勝ちになることは分かるわ。だけどこの試合で5回裏に私達が無得点、6回表に東洋大相模が2点取って逆転して、6回裏の途中で中断した場合でも、私達の勝ちになるのよね?」
「そうなるね。雨天コールドは前の回の終了時点にさかのぼって勝ち負けを決めるから、6回表に逆転されても雨天コールド狙いは可能だよ。露骨にフォアボールとかで時間稼ぎを行なえば、流石に向こうも気付くだろうけどね」
中断中に、真凡ちゃんがルールの確認をして来た。雨天コールドの裁定については複雑な部分もあるので、ちゃんと説明をしておく。特に6回表で逆転をされても、6回裏が終わる前に雨が強くなれば、雨天コールドで私達の勝ちになるのはややこしい。
向こうの祈りが通じたのか、試合は再開されることになったので智賀ちゃんが打席に立つ。そろそろ一発が出るかなと思ったけど、エースの小鳥遊さんがさっきの小休止で休めたのか、低めに変化球を集めている。残念ながら、智賀ちゃんは3打席連続三振だ。
流石に落ち込んでいるけど、それでも前向きな姿勢は変わらないので一安心。続く久美ちゃんが左打席に立って、綺麗なセンター返しを披露してくれたのでワンナウトランナー1塁となった。
……そろそろ、小鳥遊さんの球数は70球を超えたかな。小鳥遊さんもスタミナがある方とはいえ、東洋大相模は秋大会も春大会も、関東大会でも完全分業制で戦って来ている。雨の中でここまでの球数を投げたのは初めての経験なのかもしれない。
小鳥遊さんが右投げなのに対して、両打ちの久美ちゃんと左打ちの真凡ちゃんはわりと相性が良いのかもしれない。久美ちゃんに続いて真凡ちゃんもヒットを打ったところを見るに、小鳥遊さん自身が左打者を苦手にしている可能性も浮上してきた。
ワンナウトランナー1塁2塁となって、大野先輩がキチンと送りバントを決める。しれっと決めているけど、良いところに転がしているから大野先輩自身がセーフになってもおかしくはなかった。打球を処理したのはサードで、小鳥遊さんはダッシュして打球を捕ろうとしていたけど、マウンド上で転倒したから少し心配だ。
ツーアウトランナー2塁3塁となって、左バッターボックスには詩野ちゃんが立つ。次は私だから、敬遠はあり得ない。
間違いなく、この試合の分岐点だ。ここで追加点が発生すれば、6回表に久美ちゃんは比較的楽に投げられる。何より、先頭バッターの山田さんを歩かせなくても良いというのは大きい。
先程の転倒で、もしかしたら小鳥遊さんは怪我をしたかもしれない。若干、顔色が悪く見える。小鳥遊さんは元の顔が悪人面で目付きも怖いから、そう見えるだけかもしれないけど、無理をしてマウンドに立っている可能性はある。
詩野ちゃんに向かって小鳥遊さんは初球、緩い球を投げた。それを詩野ちゃんは空振り、カウントは0-1となる。カーブなら最低でも当てることは出来ると思ったけど、あれは何だろう?
続けて2球目、似たような球を小鳥遊さんは投げて、詩野ちゃんのバットは空を切る。ネクストバッターズサークルからだと判別し辛いけど、小鳥遊さんはシンカーを投げているのかな。
春の大会では投げて無いし、今までにも投げてない球種だ。今まで隠していた球なのかもしれないけど、この場面でそれを投げられるのは強い。3球目も詩野ちゃんのバットは小鳥遊さんの球に当たらず、三振。5回裏はチャンスこそ作ったものの、無得点で終わった。
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