第38話 正念場
小山先輩の打撃は決して悪くない。練習試合でも強豪校のエースを相手にヒットを打っているし、1年生組と比べたらスイングの完成度は段違いだ。打率も長打率も高いし、1、2回戦での成績は7打数4安打だ。
ただ、得点圏打率はさほど良くない。1回戦でスリーランホームランを打てたことが意外なほど、チャンスで打っていないイメージがある。満塁という状況で小鳥遊さんが全力投球をしているからか、小山先輩はあっさりと追い込まれてしまった。
しかしそれからは、小山先輩がしぶとい。3打席連続三振はするものかと必死になって粘っている。そして8球目、浮いたストレートを小山先輩はセンター前に打球を運んだ。おそらく、小鳥遊さんの失投だろう。
3塁ランナーの大野先輩はホームに帰り、続く詩野ちゃんもホームを目指す。……今、3塁ランナーコーチの優紀ちゃんの制止を振り切ってホームを目指したね。次が智賀ちゃんだから、確かにヒットは期待出来ない。でも、突っ込むのは無謀だと直感で分かる。
結局、詩野ちゃんはホームでアウト。湘東学園はこの回に2点を加え、2対4で後半戦に突入することになる。
「突っ込んで、間に合うと思ったの?」
「……ごめん、後1点が欲しくなったから」
「次が智賀ちゃんだから、送球が逸れることに賭けたんでしょ。まあ、気持ちは分からなくはないけど。それでも制止を振り切って、ホームに突入するのは良くないよ。相手にミスが無ければ確実にアウトだったんだし」
2点差と3点差は心情的にかなり変わる。詩野ちゃんにチャレンジしたことを注意したけど、後1点が欲しかったという気持ちは理解出来る。でもまあ、智賀ちゃんが打てないという前提で走ったのはちょっと嫌な気分になったな。単純にアウトを1つ増やしたわけだし。
60球を投げている小鳥遊さんは、コースへの制球が甘くなっているように感じる。もしかしたら智賀ちゃんに1発が出るかもしれないし、智賀ちゃんは出来ればランナーがいる状態で打席に立って欲しい。そのために5番にもしたから、今回の暴走は尚更だ。
「2点入りましたし、後はきっちりと抑えます」
「……久美ちゃんは、次から2巡目に入るし気をつけてね」
「まだフォークを使ってませんから、狙い球は絞らせないと思います」
「あれ?まだフォークを使ってなかったのか。
というか、雨の中でフォークって使える?」
「私は雨の方が投げやすいですね。抜ける感覚は変わりますが、それも慣れていますので」
久美ちゃんは思っていた以上に打たれ強かったので、山田さんのホームランはそれほど気にしていないみたいだ。とりあえずはピッチャーライナーが起こるまで、久美ちゃんは大丈夫そうかな。
矢城監督は6回まで久美ちゃんを投げさせるみたいだけど、6回途中からでも投げられるように心構えはしておいてください、と言われた。場合によっては、6回途中から私の登板になるかな。
グラウンド整備を挟んで、5回表の東洋大相模の攻撃は9番の小鳥遊さんから始まる。ここを切り抜ければ次の1番2番が久美ちゃんの得意としている左打者だから、先頭バッターを抑えられるかどうかは重要だ。
そして小鳥遊さんも粘る。強豪校のエースって、どういう気持ちで打席に立つのか分からないけど、外野のここまで小鳥遊さんの気合いが伝わってくる。あれだけ力んでいれば、フォークには対応出来無さそうだ。
粘ってカウント2-2から6球目、久美ちゃんはフォークを投げ、小鳥遊さんは空振りした。その時の小鳥遊さんの表情は、久美ちゃんに対してあり得ないものを見るような目だった。
……実は小鳥遊さんもフォークを投げれるはずというか、決め球の1種だったのだけど、この試合では投げてない。雨だと球種が限定されるということはよくある話で、なのに久美ちゃんがフォークを含めて4球種を投げられることが信じられないのだろう。
これでワンナウトを取り、打順は上位に戻る。続く1番バッターの赤木さんにもフォークを決め球として使うつもりなのか、カウントを取りに行ったストレートを狙われて……セーフティバントを決められた。小山先輩の対応も速かったけど、赤木さんの方が一歩速かったかな。
この足は、盗塁があり得る。そう思った初球から、赤木さんは走って来た。久美ちゃんは左投げでクイックが上手く、詩野ちゃんは肩が強いし盗塁阻止率は高い。そんなバッテリーでも、赤木さんの足は止められなかった。
ワンナウトランナー2塁で、カウントは1-0。2番バッターの川中さんは、バントの構えをしている。ツーアウトランナー3塁にするとは思えないから単なる揺さぶりだろうけど、嫌な揺さぶり方だな。
普段の詩野ちゃんなら外野前進のシフトを敷くところだけど、そのサインは無い。1点は仕方ないという判断だと思うけど、詩野ちゃんらしくは無いな。
……これは、三盗されそうだ。久美ちゃんが2球目を投げようとした時に、そんな考えが過ぎった。
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