第37話 下馬評

恐らく、こんな試合展開になるとは誰一人として想像して無かっただろう。大半の人は東洋大相模が圧勝すると思っていただろうし、私自身はこの試合、投手戦になると思っていた。序盤で取れる点を、守り勝つゲームになると。


しかし、実際に試合が始まれば4回表終了時点で2対2だ。そして4回裏の攻撃は、さっき内野安打を打った真凡ちゃんからになる。既に40球を投げている小鳥遊さんは、若干コントロールが乱れているように感じた。


蒸し暑くて立つだけでも消耗しそうなマウンドで、雨の中投げ続けるのは激しくスタミナを消耗する。真凡ちゃんはこの打席、初めからストレートを捨てていると感じた。ストレートを全て真後ろに飛ばしているのを見て、本当に真凡ちゃんが3ヵ月前から野球を始めた初心者なのか疑わしくなった。


目は良いものを持っていると思っていた。最初から、三振はほとんど無かった。バットを振りやすくするためにバスター打法を取り入れた結果、カットも上手い選手になっている。


ストレートを捨てている理由は、前に飛ばす力が無いからだろう。東洋大相模の外野手と内野手は全員が前進している。そんな守備体制を見て、向こうの気迫をベンチからでも感じた。しかし真凡ちゃんは11球粘り、四球で出塁。真凡ちゃんはこれで今日2出塁だ。


ここで矢城監督は、バスターエンドランのサインを出す。大野先輩の技量を信じて、仕掛けるつもりだ。四球の後のバッターには、ファーストストライクが欲しくなるもの。そこを突いて、真凡ちゃんは初球で走り、大野先輩はゴロを打つ。


既にグラウンドは、かなりの水分を含んでいる。ゴロの処理は難しくなるし、エラーも出やすい。そんな中で初球のストレートを引っ張った大野先輩は、三遊間へゴロを打った。そのゴロを横っ飛びで捕球する東洋大相模のショートはグラブにボールを納めたものの、どこにも投げられずノーアウトランナー1塁2塁となる。


……詩野ちゃんが出塁出来れば、ノーアウト満塁で私の打席だ。絶対に出塁して欲しいし、繋いで欲しい。


「小鳥遊さんは見た感じ低めへの制球力が乱れているみたいだから、浮いた球を捉えれば内野の頭を超すことは難しくないと思うよ」

「……うん、わかった」


ベンチで見る限り、低めへのコントロールに苦しんでいると感じたからそのことを詩野ちゃんに伝えて、私もネクストバッターズサークルで素振りを行なう。雨の中で行なう素振りは地面がぬかるんでいるから踏み込み辛くなるし、バッティングフォームも崩れやすい。


しかし、それ以上に投球フォームの方が崩れやすい。カウント2-0から3球目、詩野ちゃんはカウントを稼ぎに来た甘いストレートを打ち、引っ張った打球は一二塁間を抜ける。真凡ちゃんは3塁でストップし、ノーアウト満塁で私が打席に立つことになった。


流石に前の打席みたいに敬遠することは出来ないだろう。そう思って打席に立ち、バットを構えたら、捕手が立ち上がった。


えっ、と思う間も無く小鳥遊さんははっきりとしたボール球を投げる。それと同時に、怒声のような野次が全方向から聞こえた。


「何で満塁で敬遠してるの!?」

「向こうのチームは山田と勝負してたんだぞ!」

「おかしいでしょ、ねえ!!」


今日のスタンドにいる観客は、1回戦や2回戦の時より遥かに多い。東洋大相模の応援がほとんどだけど、少なからず私の追っかけはいるし、純粋に高校野球を見に来た人もいる。湘東学園の応援をしてくれている人もいるし、他校からの偵察も多いから、雨でもスタンドはほぼ全ての席が埋まるぐらいに盛況だ。


久しぶりに、スタンドが私の味方になっている。でもまあ、敬遠も立派な戦術の1つだ。ノーアウト満塁でも、敬遠しないといけない選手だと評価されたことは素直に嬉しいし、何もせずに勝ち越せるのは何処か喜ばしく感じる。


……でも、打てないことは悔しい。かなり遠くまで捕手が移動してキャッチをする敬遠をされて、バットが届かないのだからどうしようもない。ガールズ時代に敬遠球を打った経験が何度かあるので、それを警戒されている。


結局、打席でただ突っ立っているだけで私の打点は1点増えた。続く美織先輩はスクイズを決行して、ファールフライをキャッチャーの新田さんに捕られてワンナウト。奈織先輩は浅いライトフライで大野先輩はタッチアップをせず、ツーアウト。


ノーアウト満塁が、ツーアウト満塁になって、打席に立つのは4番の小山先輩だ。ここまで2三振だし、どうにかして打って欲しい。




(さっきから、ずっと野次が五月蠅いわね。あそこでカノンと勝負して、ホームランでも打たれたら終戦じゃない。冗談じゃないわよ、あんなバッターと勝負するなんて)


奏音を敬遠してから、スタンドからは東洋大相模への野次が止まらなかった。山田への四球に梅村は立たなかったが、奏音への四球には新田が立って外していたことも原因の1つだ。


敬遠を毛嫌いする人は存在するし、2打席続けて敬遠され、不貞腐れる奏音を見れば観客にも思う所は出て来る。湘東学園が、山田とは勝負をしに行ったように見えたのも観客の心を大きく動かしていた。


4番の小山に対して小鳥遊は初球、ストレートを低めに投げる。小山は空振り、カウントは0-1となった。

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