第8.5話 勝手に見ちゃダメだよ
練習試合が終わった後、春谷の家に西野、梅村の2人が向かう。春谷が誘って、3人で反省会をしようという流れになったのだ。3人は同じクラスなので、昼休みなどでは3人一緒になって行動することが多い。
「お邪魔しまーす!久美ちゃんの家、学校から近くて良いなぁ」
「……お邪魔します。結構、大きな家だね」
「玄関だけですよ、開放感があるのは。お茶を入れて来るので、廊下の突き当たりの奥にある部屋の客間で待ってて下さい。
あ、私の部屋は散らかっているので入らないで下さいね」
春谷は飲み物を取って来るためにキッチンに入り、西野と梅村は言われた通りに廊下を進む。客間に向かう途中で、西野は【久美の部屋】と書かれた部屋プレートを見つけてしまい、好奇心に駆られて中に入ってしまった。
「少しだけ……えっ?」
そこで西野が目撃した光景は、奏音の写真やポスターが所狭しと並べられた部屋だった。思わず部屋の中へ歩みを進めると、奏音の中学時代の写真を中心に、中には今のチームで活動している時の写真も存在した。
「へぇ……本当にファンだったんだ」
「人の部屋を勝手に覗くなんて、悪い子ですねえ?」
「ぃひぃ!?
ごめんなさい!魔が差したんです!」
そして当然、西野の悪行は春谷に咎められる。ゆらりと現れた春谷に驚き、西野は思わず変な声を出す。慌てて謝る西野に対して、春谷は特に怒りもせず部屋の電気を消してから西野を部屋から出した。
「……あれ?怒らないの?」
「入らないで下さいと言ったから、気になったのでしょう?こんなことで一々怒りませんよ。
投球内容には色々と言う予定ですけどね」
「あはは……お手柔らかにお願いします」
てっきり怒られると思った西野だったが、春谷は感情的にならず淡々と言う。西野自身は単に友人の部屋が気になっただけだが、それを春谷に伝える度胸は無かった。
西野と梅村は客間に荷物を置いた後、春谷に風呂へ案内される。随分と広い風呂で2人で入っても余裕があったが、ふと梅村があることに気付いた。
「あれ?あれが無いね?」
「え?詩野ちゃんの胸が何だって?」
「……無駄についてるその肉、削ぎ落とそうか?
そうじゃなくて、シャンプーやタオルが2つしか無いんだよ」
「うん?シャンプーは共用でもおかしくないけど……身体を洗う用のタオルが、赤とピンクで2種類しか無いね?」
シャンプーやボディタオルが、2種類しか存在しないのだ。この事から梅村は、春谷には母親しかいないのではないかと思考を跳躍させる。しかし、家庭事情まで踏み込んで話を聞こうとは思わなかったので、そこで思考を止めた。
その後は2人でゆっくりと湯船に浸かり、試合の疲れを癒す。2人とも友人の家で風呂に入るというのは珍しい体験だったが、十分にリラックスをすることが出来た。
3人だけの反省会は、相手投手の分析から始まる。
「大槻さんのストレート、速かったね」
「ストレートだけなら県内トップクラスですから。2年生で、最速127キロは凄いと思います」
「……少なくとも、優紀ちゃんより上だね」
「私だって一応速くなっているんだからね!?もう110キロは、出てると思うよ!?」
和泉大川越のエース、大槻はMAX127キロのストレートを武器に、緩急の効いたチェンジアップとカーブを投げる。あまり使わないが、カットボールも持ち合わせており、2年生にしては全てが高い水準で纏まっている。
「1年生の時から公式戦で活躍しているような人ですし、うちでいうカノンさんみたいな人ですね」
「へえぇ。あ、そう言えば久美ちゃんはいつからカノンちゃんのファンなの?」
「……中学2年の、夏ですよ」
「……へえ。意外と遅いね。カノンさん、中学1年の時から活躍してるのに」
春谷が大槻のことを湘東学園の奏音みたいな人だと言うと、西野が先程の件もあってかいつから奏音のファンになったのか質問をした。それに対して正直に春谷が答えを言った後、梅村は中学2年生の夏に何かがあったのだと感付いた。
「マウンドに、立つのが怖い?」
「……何で、そう思ったのですか?」
「だって入試の面接で質問した時に、既に全国クラスの人材を2人確保した、みたいなことを言ってたし。
1人はカノンさんだとして、もう1人は久美さんでしょ?」
「あれを確保と言えるなら、この学園の上層部は相当アホですね。
……たぶん、私のことでしょう。一応、ガールズで県大会優勝の経験はあります」
梅村が春谷のことを元投手だと推測し、鎌をかけると春谷は自白した。そしてガールズの県大会を優勝したチームの元エースだということを西野と梅村は聞き、どうして投げないのかも突っ込んで質問をした。
「……話したくないなら、別に良いよ。矢城先生が文句を言わないってことは、スポーツ推薦で入ったわけじゃ無さそうだし」
「え、この学園ってスポーツ推薦枠あるの?私、普通に入ったんだけど」
「大した実績も無い部活出身の2番手投手が、推薦でこの学園に入るのは難しいと思うよ」
「にゃにおう!?しまいにゃ泣くぞ!?」
しかし春谷は黙り込んでしまったので、梅村の方から話を打ち切った。西野が酷い扱いを受けているが、いつものことである。凄く複雑な顔をしている春谷に対して、梅村は「いつか話して欲しいね」とだけ言って、反省会を再開した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます