第8話 春季神奈川県大会ベスト16
2回の表の攻撃は8番の真凡ちゃんからだけど、見事なピッチャーゴロ。続く智賀ちゃんは三振で、ツーアウトになってしまった。
「当たったのに……」
「うぐぅ、申し訳ありません……」
「2人とも、初打席お疲れ様。まあ、大槻さんは県内でも上位の投手だから仕方ないよ」
初ヒットは、今日の試合ではお預けかな。大槻さんは春季大会を1人で投げ抜き、内容は5試合34回を投げて失点が14点だ。
最後の試合で4対1だったことを考えると、4試合で10失点しかしていない。神奈川県大会を勝ち進んだ和泉大川越の、れっきとしたエースだ。
春谷さんの分析では、やっぱり立ち上がりがあまり良くない傾向とのこと。逆に2回以降は29回中6失点で、防御率は1.86となる。
失点が全て自責点であることから、エラーは少ないのだろう。守備の動きは良いし、総合力は確実にうちより上だ。
1番の奈織先輩は、ファーストフライに倒れてスリーアウト。初回よりもストレートにノビがあって、チェンジアップが上手く機能しているのだろう。
これ以上、点を取るのは難しそうだ。そんなことを考えながら守備につく。この回は三者凡退で抑えて欲しいな、と思っていたが、7番の人にライト前ヒットを打たれたから四者凡退となった。次の回は、上位に戻って1番からになる。
3回の表の攻撃は私が四球で出塁した以外は特に何も無く、迎えた3回の裏。和泉大川越の上位打線に大野先輩が捕まり、3連続ヒットでワンナウトランナー1塁3塁となる。
……梅村さんが盗塁を刺さなかったら、というか向こうが盗塁をして来なかったら、1点を返されてノーアウト1塁3塁だっただろうな。そんなことを考えていると、打球が飛んでくる。
飛距離は十分だろうし、視界端に映る3塁ランナーはタッチアップの構えに入っている。ここで刺殺出来れば、無失点で3回を切り抜けられる。
捕球すると同時に、相手チームの3塁ランナーコーチは「ごお!」と大きな声で言った。もしも私が一般的な肩を持つセンターなら、余裕で犠牲フライになっていたと思う。
だけど、私は一般的では無いんだな。ホームベース上で梅村さんの構えたキャッチャーミットに投げ入れるつもりで放った送球は、ワンバウンドをして微動だにしない梅村さんのミットに入る。
そこにスライディングして来た和泉大川越の2番の人は、梅村さんのミットにボールが入っていることに驚いていた。
3回の表裏が終わって、スコアは相変わらず4対0となっている。しかし、大野先輩の投球が通じたのはここまでだった。
「ありがとうございました!」
試合が終了してお互いに整列し、挨拶をする。試合のスコアは、5対8。大野先輩はあの後5回まで投げて5失点。西野さんは6回に登板して3失点と、中々に厳しい現実を突きつけられた。
「大槻さんのストレート、速かったわね」
「速かったねー。でも、2人とも大槻さんのストレートに振り遅れては無かったね」
「振り遅れて無くても、バットに当たらなかったら一緒です」
打線の方は6回に私の2回目の四球から1点をもぎ取ったけど、智賀ちゃんと真凡ちゃんはノーヒット。だけど大槻さんを相手に真凡ちゃんは三振をしなかったし、智賀ちゃんは四球を選べているので良い経験にもなったはず。
「智賀ちゃんは、後で打撃練習に付き合うよ。バットに当たらないと、つまらないしね」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
練習試合の後は自主トレ解散になるはずなので、智賀ちゃんを打撃練習に誘うと、凄く何かを訴えたいという目で真凡ちゃんが見つめて来た。
「……私も良い?」
「当然。あ、でも真凡ちゃんはフォームの改善より飛距離を伸ばす練習をしようか」
「簡単に飛距離なんて伸びるの?」
「簡単には伸びないよ。楽して飛距離が伸びるなら、練習をする必要は無いし」
真凡ちゃんは、バットにボールを当てることは上手いので、パワーを付ける練習を行おう。この2人に関しては課題がはっきりとしているし、3人で居残り練習だ。
まずは真凡ちゃんのパワーを上げるための道具として、握力を鍛えるためのハンドグリップを持たせる。よくある先端が輪っかになっているタイプのハンドグリップだ。その先端の輪っかに、2㎏の重りを付ける。
「……もしかして、これを握りながら上げ下げするの?」
「大当たり!ハンドグリップを握りながら、上げ下げを左右で50回ずつ、交互にしてね」
ハンドグリップは握力15㎏用の物なので簡単に握れるし、2㎏の物を50回上げ下げするのも楽だけど、それらを組み合わせると意外と辛い。
「うっ……ぐっ……」
「ハンドグリップを緩めたら駄目だよー。
さて、智賀ちゃんは素振りだね。ちゃんと打席に立って振ろうか」
「は、はい!」
智賀ちゃんはまだ初心者なので素振りだけど、ちゃんと打席に立たせてバットを振らせる。
「内角!」
「はい!」
「そこ内角じゃないよ!腕をたたんで!」
「はいぃ~!」
内角、外角、高め、真ん中、低めと意識させ、一球ずつ素振りさせる。智賀ちゃんは中学時代、帰宅部というのが勿体無いぐらいの恵体だし、才能もある。バットが思い通りに動けば、自然と打てるようになるだろう。
「真凡ちゃんは、握力が無くなるまで左右交互に上げ下げしてね。握力が無くなったら、みんなで素振りをしようか」
最後は真凡ちゃんと私、智賀ちゃんの3人で素振りをする。西野さんと梅村さんは、春谷さんの家で反省会をするそうだ。あの3人で、どんな反省会になるのだろうかと考えながら、バットを500回振った。
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