第7話 練習試合
練習の日々は瞬く間に過ぎていき、練習試合当日。相手ベンチは騒めいていた。
「うわ、カノンさんだ!湘東学園にいるの!?」
「なるほど……奏音さんがいるのね」
「カノンだ!生カノンだ!」
……そんな有名人になった覚えは無いけど、野球女子の間ではやっぱり有名人らしい。一方で今日の試合が初めての試合となる智賀ちゃんと真凡ちゃんは、少し緊張で青くなっている。
「ほら、リラックス、リラックス。相手のピッチャーの球は130キロ(バッティングマシンの最高速度)も出て無いよ」
「うう、迷惑をかけないか心配です」
「後ろに逸らさない練習だけはして来たから、大丈夫だよ。気を鎮めるために、素振りでもしたら?」
「は、はい。そうですね、そうですよね」
智賀ちゃんは緊張に弱いようで、アドバイス通り素振りを開始した。素振りをして落ち着く、という訓練も始めたから、効果が出ると良いな。
真凡ちゃんは気の強い子だし、放置でも大丈夫。後は若干気負っている小山先輩が心配だけど、大丈夫かな?
湘東学園 スターティングメンバー
1番 二塁手 鳥本奈織
2番 遊撃手 鳥本美織
3番 一塁手 小山悠帆
4番 中堅手 実松奏音
5番 捕手 梅村詩野
6番 三塁手 西野優紀
7番 投手 大野球己
8番 左翼手 伊藤真凡
9番 右翼手 江渕智賀
打順は、私が4番ということを前提にして春谷さんが勝手に組んだ。矢城先生に有無を言わさずオーダー表を組んだ時は、末恐ろしさすら感じたよ。全員、打順には特に不満も無いようなので、これで良かったのかな?
まずは1回表、1番の奈織先輩が3球目を叩いてツーベースヒット。流石に打撃だけは良い感じで、ストレートに絞って打っている。
続く美織先輩は2球ファールで粘り、8球目でフォアボール。良い流れだ。小山先輩がヒットで続き、ノーアウト満塁で私の打席。
……流石にノーアウト満塁で、敬遠は無いよね?ガールズの準決勝でワンナウト満塁なのに敬遠されて、割とトラウマになってる。
(……嫌な流れね)
マウンドに立つ和泉大学付属川越高校のエース、大槻(おおつき)は汗を拭い、バッターを見る。4番の奏音だ。先程までベンチと楽し気に会話していたとは思えない程の重圧を感じた大槻は、サインに首を振る。
(外角、高めに外すストレート、ね。流石にカノンを相手に初球からストライクを入れる度胸は私には無いわよ)
次に出されたサインに頷き、完全なボール球を投げた。そして、顔の高さに投げられたボール球を奏音は打った。
「えっ」
大槻は思わず声を出してしまい、打たれたボールを目で追うため振り返る。振り返った大槻の視界に映ったボールはフェンスを超え、場外に消えていった。
「満塁ホームランだぁあああ!」
「カノンないばっち!!」
湘東学園のベンチは湧き立ち、逆に和泉大川越の面子は一気に4点を取られたことで気が沈む。
続く5番の梅村もヒットを打つが、盗塁を試みて失敗し、ワンナウトとなる。これで気持ちを切り替えた大槻は、続く6番の西野を三振に、7番の大野をライトフライに打ち取った。
試合は4対0で、1回裏の攻撃に移る。
ホームランを打った後、ホームベースで待っていた小山先輩に流石だな、と言われた。流石も何も、真ん中高めの絶好球とかホームランにする以外選択肢は無いでしょうに。
これで4対0。大野先輩が相手打線に通じるかは分からないけど、結構なリードだろう。
駆け足でセンターの定位置まで行き、大野先輩の投球練習の間は外野手でボール回しを行う。順番はレフトの真凡ちゃんからセンターの私へ、センターの私からライトの智賀ちゃんへ、ライトの智賀ちゃんからレフトの真凡ちゃんへ、だ。
こういうボール回しの時間は意外と楽しい。智賀ちゃんが私の投げ上げた高いボールにあわあわしながらもちゃんとキャッチ出来るのを見て成長したなー、と感じる。今までよりも早く落下地点へ入っているからだ。
智賀ちゃんはノック初日、捕球した回数より落球した回数の方が多かったのに、僅か3週間でフライのキャッチが出来るようになったとか成長が著しい。
ボール回しの時間が終わったら、いよいよ大野先輩の投球が始まる。先頭バッターはドロップを駆使してショートゴロに打ち取り、続く2番も三振。良い立ち上がりだと思ったら、3番にサード内野安打を打たれて、4番にはフォアボールを与える。
……西野さんの動きが硬いから、実質エラーみたいなものだ。大野先輩は1年の秋から投手を始めたみたいだけど、マウンド姿は様になっている。
ツーアウト1塁2塁の場面で、迎えた5番の大槻さんが右中間への打球を飛ばして来た。下手したら右中間を抜かれそうな打球だったので、全力疾走をしてしっかりとキャッチ。
「す、凄いです」
「ランニングキャッチは、大したことないよ。今回は真後ろに走って無いし」
智賀ちゃんが凄いと褒めてくれたけど、将来的には智賀ちゃんも真凡ちゃんもこれぐらいはこなせるようになって欲しい。
何とかピンチを切り抜けて、1回の表裏の攻防を終える。4対0で、神奈川ベスト16に勝っているのは出来過ぎかな。
試合は、2回の攻防に移る。ようやく和泉大川越のメンバーから油断や侮りといった感情が無くなったみたいだし、勝負はこれからだ。
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