第6話 顧問の先生

湘東学園の野球部が本格的に始動してから、2週間ほどが経過した。今日も今日とて練習に励む。


「あっ……カノン様、許して!」

「送球する時はちゃんと握って!握り直しても良いから!

あと5球追加ね」

「いやああああ」


西野さんが。


本格的にファーストをどうしようかという話題になった時、キャプテンがファーストをするという案が浮上した。元キャッチャーだし、後逸は確実に西野さんより少ない。そして西野さんにサードをさせると、そこそこ動きが俊敏だから機能はしている。


しかし、エラー率は高いのでひたすら守備練習だ。守備範囲が広いのに、肩は良いのに、ポロポロと零したり、悪送球をするのはいただけない。


ちなみにこれで、各ポジションは確定した。西野さんがピッチャーの時は小山先輩がサード、大野先輩がファーストに行き、大野先輩がピッチャーの時は西野さんがサードで小山先輩がファーストだ。


今のところ、練習量が日に日に増大しているのに脱落者は存在しない。毎日倒れそうになるまで練習をしているのに、初心者外野手の2人はよく頑張ってついて来ている。


智賀ちゃんと真凡ちゃんのノックに関しては梅村さんが行なっているけど、私よりスパルタだし笑顔が怖い。しかしそれでも食いついているし、日に日に捕球率は上がっている。


……どちらかと言うと、初心者内野手2人に配慮をするべきだったかな。


「奈織先輩、美織先輩!行きますよ!」

「おー……」

「ばっちこーい……」


鳥本姉妹は智賀ちゃんや真凡ちゃんより向上心が無いのか、スタミナが切れると一気に動きが鈍る。2人とも筋力はあるのに体力は無いという、ちょっと歪な状態だった。あまり、徹底的なノックというのは受けて無かったみたいだし、そもそも集中的な守備練習というのが出来なかったのだろう。


一方で大野先輩は、ファーストとして最低限の動きが出来ている。やっぱり内野陣の穴は鳥本姉妹かな、と思いながら内野陣がヘトヘトになるまでノックを続けていたら、キャプテンがスーツを着た女性を連れて来た。


家庭科の、矢城(やしろ)先生かな?見た目は凄く優しそうに見えるし、人気のある先生だ。一旦練習は中断して、全員が矢城先生の前に集まる。


「先生、お願いします」

「はい。

引き継ぎが遅れてしまって申し訳ありません。顧問になった矢城です。皆さん、自主的に練習されていて偉いですね」


ぽわぽわしている矢城先生は自己紹介を終えると、雰囲気を一変させ、眼鏡をクイッと上げる。


「さて……私は貴方たちを甲子園に連れていくように、と学園長から言われました。もしも貴方たちが甲子園に行きたいというなら、それ相応の覚悟をして貰います。しかし、基本的には貴方たちの意向を優先させたいと思います。


……皆さんは、どうですか?どうしたいですか?」


そして一瞬、矢城先生の後ろから黒いオーラが見えた気がする。どうやら伯母は、真面目に甲子園を目指しているらしい。それなら後で、色々と強請るか。


「こ、甲子園ですか……。私達が、行けるのでしょうか?」

「行ける行ける。私がいるから行ける」

「あんたのその自信は何処から来るのよ。……まあ、私も甲子園を目指すというなら全力で頑張るわよ」


とりあえず私が自信満々に「行ける」というと、真凡ちゃんも乗り気なようで甲子園を目指すことに賛同していた。3年の小山先輩と大野先輩は元から甲子園を夢見ていたそうで反対はせず、梅村さんは死んだ目で賛成してくれる。


残るは、2年生の鳥本姉妹と西野さん、智賀ちゃんの4人か。そんなことを考えていたら、西野さんと智賀ちゃんが口を開く。


「私は甲子園優勝投手になりたい!」

「私も、みんなで最後まで戦いたいです」


西野さんの夢は、大野先輩がいる限り難しそうだ。智賀ちゃんは純粋な乙女。そして最終的に残った鳥本姉妹には、この場にいる9人の視線が集まる。


「……私達が、野球を始めたきっかけは甲子園で観戦したからなの」

「だから、たぶん耐えられると思う」


そして双子の決意は、少し頼りないものだった。それでもチーム全体として甲子園に行きたいということと、その覚悟はあるということは矢城先生に伝わったみたいで、ウンウンと頷いている。


「決まりましたね。それなら、来週の日曜日に練習試合をしましょう。既に相手は決まってますよ」

「え、うそっ、どこっ!?」

「実松さん、落ち着いて下さい。

対戦相手は春の県大会でベスト16だった和泉大学付属川越高校ですよ。実松さんの名前を出したら、すぐに釣れました」


そして矢城先生は、唐突に練習試合があることを言って来た。まさか、まだチームとして出来上がって無い段階で春大会ベスト16の相手をさせられるとは思ってなかった。


「……春の県大会、ですか?」

「あ、智賀ちゃんと真凡ちゃんはそこから説明になるよね。春季神奈川県大会と言って、夏の大会のシード校を決める大会だよ。春の甲子園とは違うから注意してね」

「春の県大会は土日だけで行う大会で、過密日程ではありません。確か、和泉大川越は昨日の試合で負けていたはずです。ベスト8をかけた戦いで、4対1で負けています」

「おお、マネージャーがマネージャーしてる……」


春谷さんに補足されるが、春の県大会は新チームの出来上がりを確認する大会でもある。4月の早い時期から始まる大会で、残念ながら湘東学園はどうやっても出られなかった大会だな。


……逆立ちしても勝てる相手じゃ無さそうだけど、試合まで今日を含めてまだ6日もある。それまでに試合が成り立つようなチームにしないと、一方的な試合になりそうだ。だけど何故か、良い試合になりそうな予感はしている。


全員の力を出し切れば、私が敬遠されなければ、もしかしたら勝てるかもしれない。

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