第3話 ピッチングマシン

基本的に湘東学園では、部活紹介の後に入部申請をすることになる。なので、本格的な練習を部活紹介の前にすることはダメなことらしい。


しかしピッチングマシンがこの野球部にもあると聞いて、打撃練習をしたくならない野球少女はいない。


「おっきい……」

「はは、ちょっと古い型のやつだからな。でも、最高で130キロは出るぞ」


キャプテンから話を聞くと、130キロまで出る速度可変式のピッチングマシンらしい。ちょっと古くて大型だけど、良いマシンだろう。残念ながら、ローター式なので変化球は投げられない。


早速、初心者の伊藤さんと江渕さんに打たせてみる。球速は、高校1年生の投手が投げるストレートでは平均的な球速となる110キロだ。


……私からすると、110キロは凄く遅く感じる。そもそもガールズでは110キロを投げる女子中学生が山ほどいたし、中には120キロオーバーを投げる娘も存在した。


女子野球が人気だから競技人口は多いし、レベルは高い。だけど感覚が男の私にとって、120キロは1番タイミングの取りやすい球だ。


「この!」

「おー、よく当てられるね」

「まあ、ね。一応、バッティングセンターには行ってたから」


伊藤さんは中々に当てることが上手い。しかし残念なことに、110キロの球でも外野の定位置まで飛ぶフライは打てていない。小柄故のノーパワーだから、改善には時間がかかりそうだ。


脚も特別早いわけじゃないから、伊藤さんはこれからの練習量次第かな。


一方で、江渕さんは凄い。さっきから芯に当たって無いのに、当たった打球は外野まで飛んでいる。


「あ、あれ?」

「……空振りの度に、バットが下がっていってるよ」

「ひー、すいません!」


しかし、素振りも大してやったことがないからか、後半になると疲れであまりバットに当たらない。


……まあ、初心者だし次第に打てるようにはなるはず。目も良さそうだし、恵まれている体格だから、性格さえしっかりしていたなら運動部から引っ張りだこだっただろう。


ピッチングマシンが2台もあることは、この学園が裕福なことを示している。学費は高い方だ。制服が可愛いからか、スポーツに力を入れているからか、中々に人気のある学園のようだ。


「カノンも打ってみないか?」

「良いんですか!?それじゃあ、130でお願いします」


江淵さんのスイングを見ていたら、キャプテンの小山先輩に打ってみないかと言われた。なので、疲れましたと言いながらぐでっとしている江渕さんに代わって貰って打席に立つ。


足場を軽く均してから、バットを強く握りしめた。


「じゃあ、行くぞ」

「はい!」


キャプテンの合図から数秒後、ピッチングマシンから飛び出す130キロのボール。若干振り遅れたけど、それでもバットの先端に当てた。


そしてキィンと鈍い金属音が響き、ボールはライト方向のフェンスに突き刺さる。相変わらず身体のスペックが凄すぎて、真面目に練習している全国の野球少女に申し訳ない。


……いや、幼い頃からゆっくりと体作りをしていたから努力もしているけど。でも、機械が投げる130キロを元高校球児として空振りするわけにはいかない。


「いやはや、凄いな。

続けていくぞ」

「お願いします!」


キャプテンの小山先輩は息を飲んで2球目、3球目、4球目とセットする。ピッチングマシンから噴出される130キロの球に私は完全に対応し、センター方向のフェンス上段ギリギリの所に毎回当てていく。


「……もしかして、フェンス上段を狙ってるのか?」

「そうですね、場外出しちゃうと危ないですからね」


場外に硬球を出してしまうと危ないので、セーブして打っていたら小山先輩に感付かれた。中々に勘が鋭い人だ。


苦笑いしながら、5球目をセットする小山先輩。その5球目の打球はフェンス上段、最上部に当たった。




「ふぃー、打った打った」

「……最初の打球以外、全部正面のフェンスに当てるのは化け物過ぎない?」

「いやだって、回収するの面倒だし。伊藤さんもちゃんと身体作りをしたら、来年の今頃にはこれくらい打ててるよ」

「真凡で良いわよ。伊藤って、クラスに2人いるじゃない」


ピッチングマシンで打ちまくった後は、真凡ちゃんと江渕さんの3人で一緒にボールを回収していく。と言っても、私の分は全部真正面なので、今は真凡ちゃん分のお手伝いだ。


打った人が、打った分を回収する。この学園の野球部では、球拾いという役割の人はいないみたいだ。マネージャーの春谷さんは、打たなくても回収を手伝っているけど。


「まあ、今日は楽しかったわ。やっぱり良い当たりが出ると嬉しいし」

「私も、楽しかったです。正式に入部したら、ちゃんとした練習もしたいですね」

「2人とも、将来有望そうで何よりだよ。楽しめたのなら、それが最大の素質だからね」


3人でボールを回収し終わったら、ピッチングマシンの所に戻ってボールをマシンに入れる役をする。今日はもう終わったかのような雰囲気の会話だったが、まだ部活開始から30分も経って無い。


本格的な練習はしないということだったけど、結局日が暮れるまでピッチングマシンを使って打ち続けた。何気に鳥本姉妹やピッチャーの大野先輩も打てる人なのは、良い事だ。


……双子なのに、バッティングフォームが違うことには驚いた。まあ、全く同じ打者が2人居ても困る感じだからフォームを変えているのは理解は出来る。打力は、姉の奈織先輩の方が少し上かな?1日だけだと詳しく分からないけど、そんな気がする。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る