第4話 遅れて来た新入部員

部活紹介があった日のこと。既にほとんどの人は部活を決めていたみたいで、野球部に来たのは1人だけだった。


部員は4人、としか紹介出来ないから、わりとどうしようもないことは理解していたけど、もう少し人がいないと寂しいな。


そのたった1人の入部希望者は、梅村さんと同じクラスの西野(にしの) 優紀(ゆき)さん。投手志望の子だったので今は梅村さんが受けているけど、中学の部活で投手をしていたわりには遅い。


「いっくよー!」


球速は、MAXで100キロ台後半ってところかな。過度な期待はしていなかったけど、ちょっと時間がかかりそうだと思った所で、変化球を投げまーす、と言われた。


「持ち球はカーブ、スライダー、チェンジアップ、シュートか。どれもその回転がかかっているだけで、大した変化はしてないな。チェンジアップはただのスローボールだし」

「きゃぷてん、辛辣過ぎます」

「いや、カノンだって同じようなことは思っただろう。あまり投げ込んでなさそうだから、これから成長する期待はあるのだがな」


西野さんの変化球は、曲がっているかどうか分からないレベルだった。少なくとも大野さんの磨き上げられたドロップには、足元にも及ばない変化量だ。コントロールも、ストライクとボールを投げ分けられる程度。


しかし、待望の9人目の部員でもある。それなりに動きは良いからファーストもこなせそうだし、マネージャー志望の春谷さんを無理に試合に出す必要もなくなった。


「そう言えば、守備練はいつもどうやっているんですか?」

「各々の守備位置でノッカーの球を受けるだけだな。ノックはキャプテンが行なったり、上手い人がする」


守備練習もしていきたいと思ったのでどうやっているのか小山先輩に質問してみたら、各自のポジションに立ってノックを受けるとのこと。


じゃあ今日からは守備練習もしようか、とキャプテンが言い出したので、守備練習を行うことになった。大野先輩がノックをして、先輩達がそれぞれのポジションでノックを受けることに。


いつもは交互にファーストを担当していたみたいだけど、今日は入部したての西野さんがファーストに立っている。一応、ファーストの経験もあるみたいだ。最初はサードに飛んだ打球を、小山先輩はしっかりとキャッチし、ファーストに送球。


……その送球はギリギリ西野さんが捕れる範囲だったけど、西野さんは落球。思っていた以上に、守備から壊滅している。


その後はショートの美織先輩と、セカンドの奈織先輩もノックを受けるが、お世辞にも上手いとまでは言えなかった。去年、鳥本姉妹は外野手だったし、小山先輩は捕手だったことを考えると上手いと言えるけど。


「えっと、アドバイスをしても大丈夫ですか?」

「かまわん。むしろカノンからアドバイスを貰えるのなら大歓迎だ」

「じゃあ、送球の際の踏み出しから練習しましょう。ノックも、1球ずつじゃなくて5球ずつにして、空いた時間をイメトレに費やせば送球にずれが無くなります」


1年生の私がアドバイスをしても良いのか聞いてみると、素直に聞き入れてくれるみたいなのでまずは脚から矯正する。送球の際には、どうやっても脚をファースト方向に向けて踏み出すことになる。これがファースト方向とずれていれば、それだけで送球がずれやすい。


内野手は初心者だとボールを捕った位置が想像の守備位置とずれるので、ファーストの方向を感覚的に掴むことが難しい。なので、最初は目を瞑って貰おう。


「目を瞑って、イメトレか」

「いえ。目を瞑って、数歩前か横に移動してからファーストに投げる動作をして下さい。そうすれば、どれぐらいずれているのかよく分かると思いますよ」


小山先輩に、目を瞑っていつもの動作をして貰う。私と小山先輩の会話を聞いて、鳥本姉妹も目を瞑って移動、捕球、送球の動作を行なった。


結果、踏み出した脚は見事にファースト方向からずれていた。唯一、ショートの美織先輩だけはほぼファースト方向だったので、美織先輩の送球は早くから安定しそうかな。


「……とりあえずは、送球の練習をしていきましょう」

「あ、ああ。そうか、これだけずれていたのか……」


意外と、目を瞑った時の感覚はずれる。しかしボールを追って捕球するまで、ファーストは基本的に見えない。セカンドでも視界の端にしか見えないし、打球を見ていたら完全に意識外となる。人間の意識できる視野は、思っている以上に狭い。


この視野を広げる方法もあるけど、まずは感覚を掴むことだ。長年同じポジションで守備をしているとこの感覚が養われるのだけど、先輩方にはそれもない。だからまず、その感覚を増やしていこう。


「外野組は分かれて練習しても良いですか?」

「分かれてする練習か。ああ、そうする方が良いな。カノン、頼んだ」

「頼まれました!じゃあ、智賀ちゃんと真凡ちゃんは向こうに行こうか。梅村さんは、ノック出来る?」

「ん、ノックは上手いよ」


外野は外野で守備練習をすることになったので、梅村さんにノッカーを任せて3人で外野の距離になるまで移動。こうやって一緒にいると、智賀ちゃんと真凡ちゃんの身長差がよく分かる。


智賀ちゃんは、170センチを確実に超えているだろう。対して、真凡ちゃんは140センチ程度。私の身長が今160センチのはずだから、私も恵体ではあるのだけど智賀ちゃんには負ける。


「じゃあ、ノックをお願い。さぁ来い!!」


ノックをお願いしたところで、梅村さんが高く打球を上げる。梅村さんはノックの腕も、結構良さそうだ。梅村さんが居なかった場合、どうなっていたかは想像したくないかな。

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