第六章 陽炎の立つ夜 〜第一節〜
ホームルーム後、下校のために教室を出た
「
「あ、
「……
「うん、家まで送ってってくれるって――」
「そんなこといってるけど、実際に送ってくれるのはすみれさんなの。先生は護衛として同乗するだけ」
「ああ、そういうこと?」
「いっしょに行きましょう」
「え? 戸隠さんはあのでっかい黒いクルマで帰るんじゃないの?」
「
「あー……なるほど」
戸隠家のリムジンを運転している老人のことは、会話したことはないけど見たことは何度もある。あの老人もリターナーだということは情報で知っていたものの、実際に今戦っていると聞くと、見方が少し変わる気がした。
「おー、来たか、おまえら」
荷物を持って職員室から出てきた石動は、生徒たちにそう声をかけながらも、表情はいつになく深刻そうで、しかもその視線は自分のスマホにじっとそそがれている。それっぽくいうなら、“戸隠機構”陣営にいろいろと動きがあったということだろう。
「……何かありましたか?」
「かもな。――まあ、詳しい話はすみれさんに聞こう」
「はい」
美咲と霧華は石動のあとを追って職員用の駐車場へ下りていった。
「――お嬢さま」
いつもなら石動のクルマが停まっているはずのスペースに小型の電気自動車が停まっていて、そのそばにすみれが立っていた。こちらも何となくシリアスそうな顔をしている。
「美咲ちゃんも石動先生も、さ、乗って」
「はい、お世話になります」
石動を助手席に、美咲と霧華を後部座席に乗せ、すみれのクルマは静かにスタートした。
「――すみれさん、何があったの?」
「それが……
「今まさに敵と戦ってる最中なんじゃないの?」
助手席で身を縮こまらせている石動がいうと、霧華は自分のスマホをいじり始めた。
「……ログを見るかぎり、弥生さんだけもう二時間以上も連絡がありませんね」
「ごめんね、戸隠さん」
申し訳ないと思いつつも、美咲は石動と霧華の会話に割り込んだ。
「――それ、のぶくんも報告入れてるの?」
「ザキくんはかなり頻繁と報告をくれているわね。どこで敵を倒したとかそういうのばかりだけど」
「生々しい話だが、倒したエローダーの死体を処理するのも回収するのも“機構”の仕事のうちだからな。ケリをつけたらその都度GPSのデータを送るってのが一応のルールなんだよ」
それで思い出したのか、石動は後部座席のほうを振り返って霧華に尋ねた。
「――というか、その
「しばらく前から動いてないみたいなんです」
「こっちから連絡は?」
「出てくれません。もししゃべれなかったとしても、メッセージくらい返せると思うんですが……」
「だとすると……あまり考えたくはないが」
「どうしましょう、お嬢さま?」
「……とりあえず、まずは田宮さんを送るのが先だから」
「えっ?」
連絡が取れない仲間の話題を話している途中に自分の名前が出てきたことで、美咲は思わず驚きの声とともに首を振った。
「――い、いいよ、別に! 何だったらわたしはここからバスと電車ででも帰れるし、そっちの事情を優先してくれても……」
「そういうわけにはいかない。あなたを自宅まで送るっていうのはザキくんとの約束だから」
「じゃ、じゃあ! 先にその人の様子を見にいこうよ!」
「田宮さん――」
「
「そこまで便利な魔法を期待されてもちょっと……」
ミラー越しのすみれの視線から、彼女が霧華の意見を求めているのが判った。重信もいっていたけど、要するにすべての決定権は霧華が持っているのだ。
美咲は霧華の手を握り、
「このまま帰るのって何か後味が悪くなりそうだし――も、もちろんわたしだってのぶくんを心配させたくはないから、あくまで危険がなければって前提だけど、もし危険な状態で何かあったら、戸隠さんたちにとっても大きなマイナスになるんでしょ? だから、先にその人の様子を見にいかない? ねえ?」
「…………」
霧華が即断しかねていると、石動が尋ねた。
「どうなんだ、戸隠? その弥生さんて人のいるあたりに、能力者の存在は感じるのか?」
「……遠すぎてここからではまだ判りません。この一体の能力者の数は、数時間前より全体的に減っているのは何となく感じますけど」
「ならもう少し近づいて確認してみるか?」
「……じゃ、すみれさん、お願いします」
「はい」
霧華の言葉で、すみれはカーナビを操作し、クルマの行き先を変えたようだった。美咲はふと思い立ち、自分のスマホを取り出した。
「あ、のぶくんに知らせていいですか?」
「あ? 何をだ?」
「その……弥生さん? て人を捜しにいくって話です。わたしがいい出したってことをはっきり伝えておかないと、のぶくん、あとでこのこと聞いて怒るかもしれないし」
「あー、かもな。……にしても、田宮は愛されてるねえ」
「そういうの、やめてください。のぶくんはちょっと過保護なだけなんです」
石動をじろっとひと睨みし、美咲は
そうした美咲の考えを添えてメッセージを送った直後、驚くほどの速さで返信が返ってきた。
「リターナーになると文字打つのも速くなるんだ……」
かつての重信からは想像もつかない返信スピードに苦笑しつつ、美咲は霧華にいった。
「のぶくん、自分もそこに行くって」
「ザキくんも? ……今ザキくんがいる場所からだとかなり離れてるけど」
「離れてるといったって、あいつの足なら問題ないだろ。すぐに来られるはずだ」
「
ハンドルを握るすみれが霧華にそう提案する。霧華は小さくうなずき、スマホを操作した。
「――――」
窓の外の街は、すでに夜景に変わっている。街路灯や行き交うクルマのヘッドライトの光芒が長く尾を引いて流れていくのをぼんやりと見つめ、美咲は何とはなしに霧華に尋ねた。
「……こうやってクルマに乗って街の中を一分走る間に、戸隠さんはどのくらいいるって感じるの?」
「いる?」
「リターナーとか、エローダーとか」
「……はっきりとはいいきれない」
霧華は溜息をついて膝の上に視線を落とした。
「近くにいればはっきりと正確な数まで感じ取れるけど、遠ければ判らないし、もしかしたら、わたしにも感じ取れないくらい力の弱い能力者を見逃してるかもしれない。今この国にどれだけのリターナー、エローダーがいるかなんて、わたしにはもちろん、誰にも判らないわ」
「でも、戸隠さんはリターナーを集めてエローダーに対抗しようとしてるんでしょう?」
「ええ」
「……そもそもなんだけど、エローダーは何のためにこの世界へ来るわけ?」
「それが判らねえからこっちも困ってるんだよな」
言葉に詰まった霧華の代わりに石動が苦笑交じりに答えた。
「――そのへんが判ればもう少し打つ手も増えるんだろうが、詳しいことは何も判ってないも同然ってのが現状だ。ただ、連中は俺たちリターナーに対してはつねに攻撃的だし、中にはふつうの人間だろうと見境なしに襲う毛深い連中もいる。対話ができない以上、今は地道に見つけたエローダーを排除してくしかないな」
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