第2話 華町探索

〈華町〉

 世間話に花を咲かせる主婦、自慢のワンピースを着て気分良く歩く女性、昼間から酒を仰ぐ男達、手足を汚して遊びまわる子供達と多くの人々が集まり、この町は日々活気に溢れている。


 この町には百貨店デパートの様な大きな建物も、若者が集うような娯楽施設もない。その代わり、種類も大きさも見た目も異なり、かつ数えきれない程の小さな店々が建ち並び、まさに花畑と言えるものとなっている。そのため、『華町』という名前が付けられたのだ。


(普段はあまりお店の方は意識しませんから新鮮ですね。雑貨屋さん、本屋さん、金物屋さんに……よくわからないお店……ですねあれは、目? 微妙にちょっと少々怖いですね……)


 余談であるが、瑞鳳にはよく独特の言い回しがあり、同じ意味の単語を二つ三つ繋げて話す。本人にはおかしいという自覚は無いようで、真剣な話でも使うため同僚や上司からもよく苦笑いされている。


 左右に並ぶ店を一つ一つ観察し、頭の中で独自の気になるリストを突きりながら歩いた。テキトーにバラバラと建っているように思える店々には実はしっかりとした法則がある。


 今瑞鳳が歩いているのは小物商店街、基本的な日用品の買い出しを行う。横に抜けた通路を境に、その奥には食料品店が並んでいる。


 今回目的の飲食店街はその通路を曲がった、小物商店街の裏側にある。この場所は対称になっている店の間に澄んだ綺麗な川が流れており、夜にはライトアップされてより一層幻想的になる。


「ねぇ、この間の話聞いた?」


「今朝の新聞の?」


「!」


 昼食を何にするか悩んでいると、通りの端で世間話をする二人の主婦の会話が耳に入って来た。


「そうそう、また一人、今度は隣の街で行方不明になったらしいわよ?」


「月街が夜になると治安が悪いからね、娘にもよく言わないと……」


 若い女性の連続失踪事件、一ヶ月前から今日までほぼ毎日のように新聞で報道され、その家族・友人からもその身を案じた呼びかけ・捜索が行われていた。


 奉行所も犯行が起こったとされる場所一帯の巡回を強化し、また未成年女性の夜間外出の規制を行っている。帝界警察はと言うと、奉行所のように表面から埋めるやり方ではなく、疑わしきも罰すると言った過激的な方法をとっているため、帝界警察にもまた警戒しなくてはならない。


 一方の大志館の方はと言うと、瑞鳳の視点ではこれと言った行動は全くとっているように思えなかった。しかし、当然大志館にも親兄弟・友人からの捜索依頼を複数受けている。そしてその受けた依頼は、どのような方法・手段で行われているのか一切不明なものの、瑞鳳が知る限り全て成功に終わり、無事失踪者を探し当てていた。


 さすがとも言えるかもしれないが、そのおかげで一部のマスコミからは大志館がこの事件に絡んでいるというデマを流されたのはいただけない。


 日常で起きる事件のほとんどは事件後1時間内に大志館の耳に入る。他にも複数件あれど、今日もまた失踪事件の話題が上がっていた。


「・・・・・・」

(今聞いたので26人目……司令が解決したものを含めると33人……)


「あ! この間のお嬢ちゃんじゃない!」


「! どうも、こんにちは。あれからお店の方は大丈夫ですか?」


 瑞鳳に話しかけてきたのは、つい一週間程前に大志館に駆け込んできた蕎麦屋を営む中年の女性だ。先月からとあるグループの過剰な嫌がらせに悩まされていた。


 その騒動の発端として、町の郊外に住む数名の青年グループが騒いで周囲に迷惑をかけていることを注意され、それに逆上して起こした事件であった。


 最初こそ奉行所に相談してみたものの、子供との小競り合い程度で介入はできないと追い返されてしまった。勇気を出して抗議や出禁の勧告をしたもののまるで効果なく、逆に嫌がらせはエスカレートしていくという結果になってしまった。そしてその影響が店側だけでなく、店の客にも及んでしまったため、これ以上は手に負えないと思い大志館に駆け込んできたのだ。


 大志館の介入により、依頼受付完了後数時間足らずで青年グループ全員を捕縛、次同じ様な通報があった場合にはそれ相応の対応をさせてもらうと、鞘から刃をチラつかせて、半ば脅迫と言うやり方で収束させた。


 その時に大志館から派遣された2人の隊士の内の1人が瑞鳳であった。


「ありがとうねぇ、あれから距離を置いていたお客さんもまた来てくれるようになってねぇ」


 屯所に来た時こそ心身共にやつれて心底疲れ果てたような外見と雰囲気をしていたが、今ではすっかり元気になったようだ。


「それは何よりです。私個人にできることはまだ限られていますが……また何かお困りでしたら是非いらしてください」


「今度お礼に行かせてもらうね! そういえば今日は一人? この前のお兄さんと一緒じゃないの?」


(お兄さん……)

「はい、司令は本日別の任務で出ておりまして」


「あら~残念ねぇ、良い男だったからも一回お話したかったんだけどねぇ」


「あはは……私の方からお伝えしておきますよ」


「それはそうと、その腰の刀、随分重そうねぇ。そうだ、休憩がてらちょっと寄っていきなさいな。この前のお礼に特別にご馳走してあげる!」


「え、えっと……」


 今日は軽い飲食店街巡りをしようかと考えていたのだが、せっかくの厚意を無下にするのも悪いと思い(正確にはおばちゃんの押しが強く、断れなかっただけ)、少し考えた後美味しいおいお蕎麦をご馳走になった。


「すいません、ご馳走になってしまって。とてもとっても美味しかったです! ありがとうございました」


「お礼を言うのはこっち、また来てね」


「はい! では私はこれで」


 軽く頭を下げて店を出ると、ゆっくり歩きながら出来るだけ目立たないように帯を緩めた。


「ふぅ……」

(思ったよりも結構かなり、お腹いっぱいになってしまいました……ちょっと苦しいです)


 瑞鳳はどちらかと言うと小食な方だが、店で出されたのは大盛蕎麦と天ぷら御膳、一般の人でも十分お腹いっぱいになってしまう量であった。

時間帯はちょうど昼時、飲食店街は多くの人々で賑わい、料理のいい匂いが漂ってくる。行列の出来ている店と行列こそないが賑わっている店、今回は特別と言えど、あの時食事ができたのはラッキーだったと言える。今入ろうと思ってもどの店も十分以上待つことになりそうだ。


 飲食店街とは反対に歩を進めながら、右手でお腹を軽く回すようにさすった。


「あんまり激しく動いてしまうと脇腹が痛くなってしまうと聞きましたから……軽くお散歩でもしましょうか」


 華町の郊外は基本民家の並ぶ住宅街になっており、丁度店群を抜けた辺りには中央に大きな池がある公園がある。次の行き先をそこに決め、人々の間を縫うように歩み出した。



 大志館から華町を一直線に抜けると、この少々古い雰囲気のある町並みには似つかないような近代的な建物がチラホラ見え、その中でもひときわ大きな建物がある。


 少し大げさな言い方ではあるが、特に珍しくもない、遠い地への人々の公共の移動手段、鉄道駅である。


 しかしこの時代の鉄道と言っても石炭を燃料に動く蒸気機関車ではなく、現世と同じ電力を動力源に動く『電車』である。


 先に述べた華町は小物店が揃い、基本的な日常生活を送るうえでは何も支障はない。しかしそこはやはり小物店街、どうしても手に入らないものがある(高品質の絹・紳士服など、宝石類のアクセサリーなど、大型電化製品など)。そういったものを手に入れるためには他の街に行く必要がある。


「そういえば、隣町の方には任務以外で行ったことはほとんどありませんでしたね……」


 池の周りを歩きながら輪の美しい景色に和むと華町に戻り、そのままの足でぇ期目の広場に来ていた。


 駅の中に入ると老若男女、仕事・買い物・遊びに行くためと多くの目的で利用する人々で溢れ返っていた。


 ぶつからないように歩く人々を避けながら立っていると、視界の中にチラホラと黒引き羽織を着ている人間が見えた。正義の味方とは名ばかりの奉行所だ。多くの人が出入りする場であることに加え失踪事件の事もあり、警備という事で一応来ているのだろう。


 しかしながら、ただ突っ立ってボ~ッとしていたり、煙草をふかしながら会話して最早人々の方を見ていない輩もいる始末だ。


 当然真面目に働いている者も少なからずいるが、不真面目な輩のせいで真面目にやっている奉行官もそう言う目で見られてしまう。それでいて同じ給料、本当に仕方のない事である。


(元々優秀な方しかなれないのに、どうももったいない気がします……せめて真面目な方だけは正当な評価を受けられればいいのですが……)


 怠惰な奉行官を横目に、人混みの中を進んだ。人混みは得意な方ではないため、立って流れを見ているだけで目が回ってくる。


 バシッ


「痛っ!」


「あ! ごめんなさい!」


「ったく気をつけろ!」


「すいません……」


 この人混みの中では気を抜いているとすぐに他の通行人にぶつかってしまう。ただ、今ぶつかったのは肩や肘などの体の部位ではなく、左腰に刺している刀の鞘が当たってしまった。


(ここでは気を付けないとですね……ただでさえ長いんですから)


 瑞鳳の刀は時代劇で見るような一般的な打刀とは少し異なる。具体的には、まず刃渡り100㎝、柄の長さを含めると115㎝である。刃全体が緩やかに反った形ではなく、まっすぐ直線状に伸びた『直刀』と呼ばれる刀を使用している。


「はぁ……」

(周りが見えていない証拠ですね……もっと視野を広くしなければ!!)


 ぶつかった衝撃で位置がずれてしまったため、調整しようと柄を掴むといくつかの方向から強い視線を感じた。


「!?」


 警備をしている奉行官の数人が瑞鳳を睨んでいた。当然であるが、こんな人混みの中でいきなり刀に手を伸ばしたら不審に思われるのも当たり前である。


 その事に気付くと慌てて柄から手を離し、わざと大げさに手を動かして鞘が後ろに出すぎないように整えた。わざとらしい動きをすることでそのような気はないとアピールできると教わった。しかしどうもまだ怪訝の目は向けられたままである。


 この時代・世界では、幕府への届け出さえあれば、未だ銃や刀などの所持が認められている。実際この場においても奉行官を除いて数人ほど刀を身に着けた人が確認できる。表面には見えない短刀も含めたらもっといるだろう。

そのため、ただ武器を所持しているからと言って特に怪しまれたりすることはほとんどないが、所謂ライバル企業であり、業績・信頼共に奉行所よりも高いため敵視されている可能性もある。


 因みに、瑞鳳のように『女性』が武器を表に見せているのは確かに珍しい事である。女性と言えど武器を所有しているのは珍しくないが、大抵それは懐等の目に見えない所にあるのが一般的だ。なので、奉行官の視線の中にはやや珍しさも含まれているだろう。


(視線がくすぐったいですね……そんなにジロジロ見られると何もしていないのに何かやってしまったように思ってきちゃいますよ!)


 ばつの悪い顔をすると、視線を感じる方向に向かって軽く睨み返し、フイッとやって歩き出した。すると


「掏りです!! 誰か捕まえて!!」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る