転生したら推しがなぜか病んでいたのですが
@nekokaneko
転生したら推しがなぜか病んでいたのですが
「は〜、今日も我らがロディ様のお顔がいいわ、ほんと……」
わたしはパソコンの画面を眺めて呟く。
ここ最近、仕事に疲れて一度ベッドにダイブしては、起き上がってパソコンを立ち上げ、待機画面にいる推しをクリックして話を聞いてから就寝、というルーティンが確立されつつある。
――アルベルト・フォン・フローディ。
しがないOLであるわたしが完全に沼にハマっているターン制のRPGゲーム、『ブレイブバード・フロレンツ』のキャラクターで、わたしの推しだ。
過去にミドルネームがフォンってことだよね? と思い調べたところ、フォンは貴族につくことが多いらしいので、特に公式やストーリーでの言及はないけど恐らく貴族。
……わたしは詳しくないからよく分からないけど。
このゲームには可愛い女の子のキャラクターも多いから、男性人気が高いというのはすごいことだと思う。
何となく広告を見てから初期リリース時に始めたこのゲームだが、フローディを初回の無料ガチャで引いてから六年ほど経つうちに、気付けば生活費以外の給料ほぼ全てを彼に投入するほど好きになっていた。
実はロディという愛称はわたしが最初に使い始めたもので、その界隈では有名な方のプレイヤーだったりする。
フローディ自体はお世辞にも扱いやすいとは言えないが、防御力が高くスキルも壁役に向いている。
だから、前衛にフローディを置いて後ろから殴る、課金の力で手に入れた武器を持たすなどして無理やり力を上げたフローディにも殴ってもらう編成で上位を駆け上がっている。
推しを壁にするなんて! とか言われても、相手の攻撃を無理やり自分一人に当てさせて味方を庇うスキルもあるし、そういうキャラなのだ。
むしろ他の人を守るために自分が率先して傷つく性格が現れていて、凄くいいと思う。
ストーリーでは、強敵相手の攻撃を全て守りきって重症を負うこともあった。
いつもは仕事から帰ってすぐ更新の多いこのゲームの攻略を進めるが、今日はいつも以上に残業まみれで疲れた。
ここで遅くまで起きていると明日にも影響が出てしまうだろう。
それに今、既に少し眠気が来ている。
「まあ……ビールだけ、ちょっと飲んで……今日は、寝よ……」
わたしは立ち上がって冷蔵庫のある方向を向き――
そして、一歩も踏み出すことはなく、パタリと倒れた。
-━-━-━-
「うぅん、ロ、ディ……そこは……」
「……お嬢さん、大丈夫ですか?」
「ん……?」
わたしは幸せな夢から覚める。
誰だ、わたしの眠りを妨げ……待って、今わたしって家にいるよね、どうやって眠りを妨害するの?
もしかして、不法侵入!?
完璧に目が覚めた。
何となく右手でまともに殴りすらできない拳を構え、左手で目を擦る。
ぼんやりとした視界が冴えてくると、そこには長い銀髪を垂らした、この世界の生物とは思えないがどこかで見たような見た目のイケメンがこちらを覗き込んでいた。
その男の目は真っ黒で暗く濁っており、光が宿っていないように見える。
また、腰に帯剣しているのも確認できた。
「きゃっ!?」
思わず自分の声とは思えないほど甲高い声を出してしまう。
慌てたように伸びてきた手にさらに驚き、咄嗟に後ろへ引こうとして壁際に座り込んでいることに気付く。
どうしよう、逃げ場がない……!
というか、今いるここって外!?
どこ、ここ……!?
わたしがあたふたしていると、男が困ったように口を開いた。
「……落ち着いてください。僕に敵意はないですから……」
彼は両手を上げる。
どうやら本人いわく敵意はないらしい。
男を注視しつつも一度整理をしようとして寝る前、起きてからの行動を思い返す。
そこで、残業終わりに推しを眺めてから立ち上がったのを最後に何も思い出せないことに気付いた。
あれ、何したっけ?
立ち上がってからすぐにベッドインしちゃった?
分からないな……。
とにかく次、起きてから。
ロディにあんな……いや、フローディの夢を見てて、このイケメンに起こされてから「大丈夫ですか、お嬢さん」って……。
「いやわたし、おじょうっ……!?」
なんだ、この声。
いや、本当になんだ!?
知らない、今のはわたしが発した声?
――わたしの声が、仕事に疲れたOLから、若い少女特有の高いものに変わっていた。
いやいや、寝起きで耳が変なだけかもしれない。
ほら、自分の声って正しく聞こえないから。
とりあえず、適当に声を出してみる。
「ええと、あの……」
「はい? どうかしました?」
「あ、はい。大丈夫です……」
あああ!
これ、絶対違う!
この声、自分の声じゃない!
男と中身のない変な会話をし、思わず頭を抱える。
それに、声だけではないような、となんだか嫌な予感がしてきた。
わたしは自分の手を見てみた。
少し小さい上、なんだかわたしの手よりも白い。
それに、先ほどから視界にちらちらと映っている髪色は金色で、それは恐らく自分の髪だ。
信じたくないが。
男の「お嬢さん」呼び。
自分の発した知らない声。
そして知らない髪色と手。
だとすると、わたしはその道について詳しいわけではないけど、もしかしてこれは異世界……なんだっけ。
転移? 転生? ってやつでは!?
体が変わったから、この場合は転生だろうか?
でも、ずっとこっちにいるならあのブラック企業で働く必要がないんじゃ!?
いやっふぅ!
……あ、でももう『ブレフロ』ができないのか。
それはちょっと、命を懸けていたレベルで頑張っていただけにキツいかもしれない。
それに、もうロディに会えないし……。
うう、やっぱり喜べないくらい辛いかも。
「本当に大丈夫ですか? 先ほどから考え込んでいたと思えば突然頭を抱えられたり、喜びだしたと思えばまた頭を抱えたり……」
「……あっ、大丈夫です」
眉を
恐らく異世界転生だということに気付いてから目の前の男を見て、わたしはとある疑惑を持った。
ほとんど薄れているが、緑がかった銀髪。
そして目に光がなくて真っ黒に見えていたけど、よく見ると灰色の垂れ目。
一人称が僕の高身長でイケメン。
――この人、ロディに凄い似てない?
二次元のキャラクターを違和感なく三次元に持ってきたような見た目をしている。
何だか随分と弱々しいし、服も貧相だけど。
いや、というか声も声優さんに凄い似てるし、これ……。
なんとなく、そんな予感がする。
「その、あのー、お名前をお伺いしても……?」
「……僕の名前ですか」
「は、はい」
わたしが突然にした質問に彼は一瞬驚いた様子だったが、すぐに「そういえば、礼儀の一つさえこなしていないですね」と、その名を名乗った。
「――アルベルト・フローディです」
――やっぱりロディだ!
でもあれ、フォンは?
どうやらわたしが転生したのは、『ブレフロ』の世界で間違いなさそうだ。
そして目の前の男は、随分と豹変しているがわたしの推し、ロディらしかった。
「それと、ずっと座っていますが、立てますか?」
確かに。
動揺から座りっぱなしだったことに今更気付き、わたしは立ち上がった。
-━-━-━-
「……こちらが名乗ったので、できれば貴女にも名乗って頂きたいのですが」
「あ、はい。……名前……」
目の前にいるのが完全に疲れ果てた推しだと分かって内心ドキドキだったが、名を名乗れと言われてふと思う。
――わたしが名乗れる名前って、なんだ?
苗字も名前も明らかにザ・日本人で、こちらの世界だと変だし本名は却下。
そうすると、全く関係のない名前か、ニックネーム系?
そうだ、『ブレフロ』のアカウント名なんてどうだろう。
あれも由来は本名だが、日本の要素が一切残っていないからその点は問題ない。
問題点は、ネットの名前を現実で名乗るのが凄く恥ずかしいことくらい。
――あ、そうだ。
「わたしは……その、本名は分からないので。そうですね。レイラン、とでもお呼びください。レイラでもいいですけど」
本名だと名乗るのは恥が勝ってしまったので、名前が分からないことにしておいた。
フローディは「分からない……」と小さく反芻して、「まあ」と前置きをし話を進めた。
「呼びやすいのでレイラさんと呼ばさせてもらいます。ところで、どうしてこんなところで寝ていたのですか?」
いきなり難しい質問だ。
なんて言ったって、この体が何をしてここにいたなんて分からないんだから。
しかし、この件の言い訳についてはいいことを思いついた。
「それが、記憶がないんです。名前もなんとなくレイラやレイランと呼ばれていた気がするだけですし」
「……記憶喪失?」
「そういうことです、多分」
ネットネームを本名として使うのが恥ずかしかっただけだった返答だったが、上手い具合に噛み合った。
「なるほど、それは心配です。でしたら、なにか他に覚えていることはありますか?」
ここで下手に話すとボロが出かねないと思うから、特にないってことでいいかな。
ついでに……結構雰囲気の変わった……推しとのお喋りを楽しみながら、いくつか分からないこともそれとなく聞いてみたりする。
「いいえ、特には。年齢さえも思い出せないのです。わたし、どれくらいに見えます?」
「ふむ。見た目で言えば、大体15、6歳程度には見えますが……」
だとすると、向こうでの中高生あたりか。
元々20代中盤だったと考えると、10歳弱若返ったとも言える。
それにしても、フローディからは先ほどから生気というか、それが感じられない。
脱力とは違うような気もするが、なんて言うのだろう……。
とにかく、気力が一切ないように見える。
それに、名前にフォンが着いていなかったのも少し気になる。
聞いてみよう。
「あの、ロディ……さん?」
「……ロディ?」
しまった、さん付けはちゃんとできたのに、呼び方が癖でロディになってしまった。
「ごめんなさい、その、フローディさん」
慌てて謝ると、フローディは「フッ」と笑った。
「ロディでいいですよ。さんもいりません。面白い呼び名ですね」
きゅん。
笑ったよ、推しが!
疲れ果てた顔をしてた推しが、わたしの言葉で「フッ」て!
それに、呼び捨て許可も貰えた!?
はあ、三次元でもイケメンすぎる、最高。
この世界に転生させてくれて本当にありがとう、神様……。
最終的に神に感謝していると、ロディが口を開いた。
「それで、どうしたのですか?」
「あぁ、その……ロディ。なんだか疲れているようですが、どうしたのだろうと思って……もちろん話せとは言いませんから!」
険しい顔になったロディを見て慌てて付け加える。
わたしがあわあわしだしたのを見て、ロディは「別に言いたくない訳じゃないんですけどね」と寂しそうに言った。
恐らくこの世界では、ゲームのあの時間からなにかがあったのだろう。
あるいは、これがゲームの世界よりも前の時間なのか。
どちらにせよ、推しが悲しんでいるのをみすみす見逃せない。
わたしは、立ち上がってロディの頭をポン、と叩……きたかったが、生憎身長が足りなかった。
「ロディ、かがんでください」
「え? はい」
かがんでくれたから、今度こそわたしは頭を撫でる。
ロディのグレイの目は驚愕の色に染まり、そのまま見開かれた。
「……事情を知らないので何とも言えませんが、ロディは強いです。それに、偉いと思います」
「いえ、僕は何もできなかった……」
「違う。わたしはロディが精一杯守ろうとしたことも、多分前線にいようとしたことも、分かる。偉いよ、それは」
わたしの推しは、友人の危機に我先にと駆けつけるような人間だった。
それにロディはかがんでいて、上から見下ろす形になっているから服の中が少し見える。
そこには、いくつか痛々しい傷跡が残っている。
ロディは驚いたように口を開いた。
「……よく分かりますね。確かに僕は前線にいた。でも、結局全てを取りこぼした……」
わたしの撫でる手の力が自然と強まる。
ロディのことなら、わたしは沢山知っている。
だから、自分が何もできなかったなんて言わないで欲しい。
いつもみんなを守ろうと努力していて、自分が傷ついてでも人に傷をつけさせないようにしていることも、分かっている。
わたしが知っているだけの範囲だから綺麗事しか言えないけれど。
ただ、何があったのかは分からなくとも、ロディの努力だけは容易に想像がつくのだ。
だって、大好きな推しだから。
格好がつかなかったって、誰かを守ろうとした事実が消える訳ではないじゃないか。
ロディの頬に一滴だけ水が伝っているのが見えた。
その日から少し経ってわたしたちは一緒に行動し始めたのだが、ロディが何かある度にわたしの前にやってきてしゃがみ込むようになったのは、また別の機会にでも。
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